”私たちも被害者”の考察

既にご存じの方もいらっしゃるかと思われますが、辺野古沖抗議船転覆事故のご遺族の方々が今月17日から3日間の日程で沖縄を訪れ、古謝玄太知事をはじめ多くの関係者の方々を訪問された件が地元紙に報じられていました。

先行して同月12日から2日にわたって琉球新報に単独インタビューの様子も掲載されてましたが、2026年10月26日20:09に公開された辺野古ボート転覆事故遺族メモの「10月の沖縄訪問(下)」の記事内で18日午後にヘリ基地反対協議会のメンバーと初めて面談した内容には「えっ?そんなことあったの??」と驚かされました。

というのも(ブログ主がチェックした限り)同月19日と20日の沖縄2紙にはその旨の記事が見当たらなかったからです。

ただしNoteの内容は予想通りというか、何というか(ご遺族の意向に沿う)アフターケアをする気が全くないヘリ基地反対協の様子が伺えて極めて興味深く、その深層心理を探ってみたく今回記事にまとめてみました。

参考までにNoteの記事を引用すると

那覇市内のホテルの会議室で、ヘリ基地反対協議会と面談した

・協議会側:共同代表のお二人、代理人の弁護士お二人

・こちら側:私と、代理人の弁護士

妻は、少しでも気になる発言があれば感情を抑えられなくなってしまうから、と、同席しないことを自分で決めてきた。結果として、それは賢明な判断だったと思う。

冒頭、こちらから伝えた。

・今日は、謝罪を受ける場ではないこと

・事故から7か月のあいだに協議会として検証した結果、分かったことの説明を聞く場であること

先方からは、冒頭、検証はかなり前から進めている、という話があった。

しかし、質問を重ねるうちに分かったことは、組織としての検証はほとんど進んでいない、という事実だった。

・学校との関わりがいつ、どのように始まったのか。分からない。

・過去の乗船プログラムの経緯。分からない。

・では今年のことは。それも分からない。

約1時間で、私は用意していた質問を続けることをやめ、面談を切り上げた(下略)

※10月の沖縄訪問(下)より

とあり、ヘリ基地反対協のメンバーたちは事故から7カ月何をやってきたかとのツッコミが飛んできそうですが、ちゃんと毎月16日に瀬嵩の浜で献花しており、マスコミに対して「謝罪についてはご遺族に受け入れていただける努力をしていくことが大切だと思っている(実行しているとは言ってない)」とのコメントを発表しています。※令和08年09月17日付沖縄タイムス25面より

ではなぜ反対協のメンバーたちがご遺族の意向にそった対応ができないのか、気になるところですが、その答えは簡単で自分たちも「被害者」と思っているからです。参考までにそのあたりの心境を大雑把にまとめると

国が(県民の民意を無視して)工事を強行するから私たちは(やむを得ず)抗議活動をやっている。今回はその流れで不幸な事故が起きてしまった。事故に対しては心底すまないと思っているが、私たちの想いも理解してほしい……

になりましょうか。「だから謝罪はする、だがしかし事故の本質は(工事を強行した)国にあるんだから、私たちが検証をする必要はないと思うし、被害者でもある我々がなぜここまで世間に批判されるのか分からない」が本音で間違いありません。つまり

この期に及んで自分たちの意思を押し通そうとしているんですよね(呆)

そしてそのあたりの心理をご遺族の方々に見透かされてしまった感があります。

ちなみに「だがしかし事故の本質は(工事を強行した)国にあるんだから」の部分は安和の事故で露呈してましたが、辺野古新基地反対運動の活動家たちの共通心理であり、ただしついうっかり本音を漏らすことができないため「平和教育ガー」とうっ憤を晴らしている状況もあります。そして10月にはいると

内地の高校生が亡くなったときは大騒ぎをしておきながら、ウチナーンチュが米軍人に殺された件には黙っている(怒)

との変種も散見されるようなったのは……(以下略)

少し話がそれましたが、人間は誰しも想定外のトラブルに出くわした場合は頭が真っ白になります。もちろんヘリ基地反対協議会も例外ではありませんが、事故から7カ月経過してもご遺族の方々の気持ちに寄り添うことができず、自分たちのお気持ちを貫き通そうとの姿勢にはさすがにドン引きします。そして

こんな連中が唱える平和には全く価値はない

と認識を新たにして今回の記事を終えます。