芋の葉露(田舎生活)- その4

(四) 膳皿の類は田舎屋にても上等の部に属する所は一通りの設備あり。されどこれ十中一二を数ふる位ひなり。茶飲茶抔は支那製の随分高価(ふも十個一円位ひに過ぎず)のものを所持する向もあれども茶盆は正七月市の出来合ひものにて誠に釣はぬもの多し。

余が或る分限者のを訪ひたるとき主人も珍客とやひけん待遇ぶりもいと懇ろにて茶粉盆も戸棚よりとつて置きのものを取り出して出したるが、茶は支那製のマンハーと称するもの本県にては貫目ある方なれども、土瓶は古き藤の鉤手がつきたる不器用な模様づきの壺屋製のもの、茶盆は縁にて竹のタガがついた出来合ものとふが如く何分不揃ひのものにてありき。如何に器具に凝りたる主人ありとも都人士の如く佳致の掬すべきものあるなく何れ不揃不釣合ひは免れざるものなり。これは茶具のみならず膳具酒具の如きも皆同様なり。

田舎屋に入りて最も浅ましく感ずるものは婦女に属すべき手道具の少なきことなり。婦女に属すべきものとては一個の櫛の外には殆んど皆無にて(勿論機の如仕事道具は別なり)、櫛箱さへ有するものは稀なり。一個の鏡を有するものに至りては猶ほ稀なり。

日常の食器とては一個の膳と頭数丈の盌あれば足れり。甚しきは膳のかわりに一個の〔瓢〕箪を使用するものさへあり。膳若しくは〔瓢〕箪は何の為に使用するかと云へばそは田舎の生命たる芋を盛る為めに。

寝具とては一枚の赤毛布を有するものさへ誠に稀なり。これ気候温暖のありがたさとは云ひながらさりとて華氏四十六七度(摂氏換算で7~8度)に降るの寒気に逢ふことしばしばあり。斯る寒夜にても布団にくるまりて暖かき夢を結ぶものは一村中一二あるかなし。かなり多くは辛ふじて脛を掩ふ位の厚き綿入りを引被りて寝る。余一杯の茶を無心せんとて或る農家に入る。家屋は例の穴屋なれども見た所何処となく福々しく先づ中等位ひの暮なるべけれども、老婦が窓下にてズツク(支那状の袋)の断片(きれ)をつぎるを見たり爲め余は風呂敷にでも造るものとひたれどもその恰好が頗る変なるをみ「何にするか」と問ひたる処「夜具にする」との答へには一驚を喫したり。蚊帳は流石暖地の事とて年中蚊が全滅するの期なければよくよくの貧家にあらざれば一張り一張りこれを所持せざるもの少なし併し若き男女共は蚊軍の頓着せざること常なり。農家にては十中八九までは竹牀の□□れたる土だらけなる蒿(藁?)筵の一枚の筵を敷き袷(合せ?)、若くは単衣一枚着たるまま短かき綿入れを被りて寝る有様ぞかし

着物は如何と云ふに仕事着と平常着と兼帯にてそのまま寝起きしこれが夏冬各二枚もあり。休憩の時肌寒きこともあればこの上より袷の一枚もはをる位ひに過ぎず。晴着とて格別金をかけたるものとてはなく袷単衣芭蕉各一枚づつも平常着と区別して置くものは中以上に属す。下流の方にては洗ひたての時には晴着となし、少しく着けよごせば平常着となるの有様なり。これは男女共に然りとす。

農事繁忙の季節村落に到りて見給へ。竹を編みたる戸をたてたるの家多かるべし。指先にて一寸押せば倒るる程なれど盗難の憂ひなきは田舎に盗賊なきにあらず盗む物なければなり。(明治34年1月17日付琉球新報3面)

【原文】

膳盌皿の類は田舎屋にても上等の部に屬する所は一通りの設備ありされどこれ十中一二を數ふる位ひなり茶飲茶杯は支那製の随分高價(と云ふも十個一圓位ひに過ぎず)のものを所持する向もあれとも茶盆は正七月市の出來合ひものにて誠に釣合はぬもの多し余か或る分限者の家を訪ひたるとき主人も珍客とや思ひけん待遇ぶりもいと懇ろにて茶多粉盆も戸棚よりとつて置きのものを取り出して出したるが茶碗は支那のマンハーと稱するもの本縣にては貫目ある方なれとも土瓶は古き藤の鉤手かつきたる不器用な模樣づきの壺屋製のもの茶盆は厚錄にて竹のタガがついた出來合ものと云ふが如く何分不揃ひのものにてありき如何に器具に凝りたる主人ありとも都人士の如く佳致の掬すべきものあるなく何れ不揃不釣合は免れざるものなりこれは茶具のみならず膳具酒具の如きも皆同樣なり

田舎屋に入りて最も淺ましく感するものは婦女に屬すべき手道具の少なきことなり婦女に屬すべきものとては一個の櫛の外には殆んど皆無にて(勿論機の如仕事道具は別なり)櫛箱さへ有するものは稀なり一面の鏡を有するものに至りては猶ほ〱稀なり。

日常の食器とては一個の膳と頭數丈けの椀あれば足れり。甚しきは膳のかわりに一個の箪を使用するものさへあり膳若くは箪は何の爲めに使用するかと云へはそは田舎の生命たる芋を盛る爲めに

寝具とては一枚の赤毛布を有するものさへ誠に稀なりこれ氣候温暖のありがたさとは云ながらさりとて華氏四十六七度に降るの寒氣に逢ふことしばあり斯る寒夜にても布團にくるまりて暖かき夢を結ふものは一村中一二あるかなしかなり多くは辛ふじて脛を掩ふ位ひの厚き綿入を引被りて寝る余一杯の茶を無心せんとて或る農家に入る家屋は例の穴屋なれども見た所何處となく福々しく先づ中等位ひの暮なるべけれども老婦が窓下にズツク(支那製の袋)の片断(きれ)をつぎ〔交せ〕居る〔を〕見たり〔爲〕め余は風呂敷にでも造るものと思ひたれどもその恰好が頗る變なるを怪しみ何にするかと問ひたるに夜具にするとの答へには一驚を喫したり蚊帳は〔流石〕暖地の事とて年中蚊の〔全〕減するの期なければよくの貧家にあらざれば一張り二張りこれを所持せざるもの少な〔し〕併し若い男女共は蚊軍の攻に頓着せざること常なり農家〔に〕ては十中八九までは竹牀の上に□□れたる土だらけなる〔藁〕筵の上に一枚の筵を敷き袷若くは單衣一枚着たるまゝ短かき綿入れか袷を被〔り〕て寢る有樣ぞかし

着物は如何と云ふに平常は仕事着と平常着を兼帶にてそのまゝ寢起きしこれか夏冬各〔二〕枚もあ〔り〕休憇の〔時〕肌寒きこともあればこの上より袷の一枚もはをる位ひに過ぎず晴着とて格別金をかけたるものとてはなく袷單衣芭蕉各一枚つゝも平常着と區別して置くものは中以上に屬す下流の方にては洗ひたての時には晴着となし少しく〔着よご〕せば平常着となるの有樣なりこれは男女共に然りとす

農事繁忙の季節村落に〔到〕りて〔見〕給へ竹を編みたる戸をたてたるの家多かるべし指先にて一寸と押せは倒るゝ程なれども盗難の憂ひなきは田舎に盗賊なきにあらず盗む物なければなり

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