去年から今年に入って、国内政局が猛スピードで激動しています。国外を見てもベネズエラやイランの情勢など不安定要素が目立つなか、我が国においても来月に衆議院解散選挙が行われる見通しになりました。
暴力追放 ① 表面に出ない幹部 / 住民の協力を呼びかけ(2)
今回は前回の『暴力追放①』の後半部を紹介します。ブログ主が見た限り特に目新しい記述はありませんが、気になる点をふたつ補足します。一つ目は「表面にでない暴力の根を断てばすむことだが※(以下略)」の箇所について、実は昭和37年(1962)に琉球警察はそれをやって大きな成果を上げています。にもかかわらず “反社会的存在” が再興するのは、琉球社会の現実が彼らの存在を “必要” としていたからです。
暴力追放 ① 表面に出ない幹部 / 住民の協力を呼びかけ(1)
当運営ブログにおいて、初めて沖縄ヤクザ関連の記事をアップしたのは平成30年(2018)4月であり、これまで126のコラムを掲載してきました。そこで今年から沖縄タイムスや琉球新報に掲載された(沖縄ヤクザ関連の)特集記事を公開しつつ、”現在の視点” での解説を加えてみました。
ひやごん地区の歴史的建造物をチェックしてきた件
今年は過去最高レベルのファッキン・コールド!(意訳:しに寒い)な三が日になった感ありますが、ブログ主は本日、現在の沖縄で最も昭和を感じることができる “娯楽施設” をチェックしてきました。
“昭和” と “平成” の終わりが見えて来た件
明けましておめでとうございます。読者の皆様はファッキン・コールド(しに寒い)な新年をどうお過ごしでしょうか。ブログ主は数年ぶりに1日ゆっくりと気を抜いて、2日午後から再起動しています。
そこで気が付いたのですが、よくよく考えると当ブログは今年で運営10年になるんですよね。いわゆる今年5月で10歳の誕生日を迎えるわけですが、よくもネタ&気力が持ったもんだと思いつつ、ここ10年で最も印象に残った事件を振り返ってみたところ……
世界で一番危険な……
今年もあと数時間で終わりますが、最後にちょっと真面目に “世界で一番危険な” のフレーズについて言及します。ご存じの通り我が宜野湾の普天間基地の枕詞なんですが、では本当に言葉通りの極めて危険な存在なのでしょうか。
宜野湾の “歴史的遺産” を巡ってきたお話
昨日はお昼ごろから急激に気温が下がりましたが、読者の皆様はクリスマスの日をどのように過されましたでしょうか。残念ながらブログ主は多忙な一日となりましたが、来年こそは歴史的遺産でまったり一日を過ごしたいと思いつつ、我が宜野湾が誇る “歴史的遺産” であるHOTEL山谷園の凸レポをアップします。
シンナー遊びの果ての……
本日はご存じの通りクリスマス・イブですが、この時期は例年当運営ブログにて風俗ネタを紹介しています。ただし今回は趣向を変えて “昭和の薬物” に関する記事を紹介します。
【南城市長選】公人失格と裏切り者
令和07年も残り9日になりましたが、今年の政局は過去に類例を見ないレベルで激変した感があります。中央では自公連立の解消が印象的ですが、我が沖縄においては1月26日投開票の沖縄市長選と、12月20日投開票の南城市長選の結果の違いに愕然とした県民も多いかもしれません。
普天間のマックに行ってみたよ!
既にご存じの読者もいらっしゃるかと思われますが、今月9日、我が宜野湾の普天間地区にマクドナルドがオープンしました。ちなみに当ブログをチェックしたところ、令和2年9月15日に普天間りうぼう(サンフティーマ)内で営業していたA&Wが閉店して以来、5年ぶりにファーストフードのチェーン店が普天間地区にやって来たことになります。
二紙から二死へ
前回の記事において、ブログ主なりにオールドメディアについて言及しましたが、今回は現在進行形で沖縄マスコミが抱える “問題” について深堀りします。なお、「現在の沖縄のメディア(紙や放送含む)の報道方針は、アメリカ世時代の過渡期を経て、復帰前後に確立した」と述べた点について、これは言い換えると「復帰から現在まで沖縄のメディアは米軍基地問題でメシを食ってきた」に他なりません。
オールドメディアの呼称と沖縄二紙
今年も残すところわずかとなり、(毎年おなじみの)激動の一年もまもなく終わります。いろんなことがありすぎてあっという間に時間が過ぎ去りましたが、(これまた恒例の)来年はいい年になるよう想いを込めて今年1年の振りかえっている次第であります。
気ちがいじみた動機
今回は昭和44年(1969)2月28日、北中城村屋宜原で発生した「少女行方不明事件」に関連する記事を紹介します。この事件は事件発生から2週間後あたりに、容疑者が逮捕されましたが、犯行動機や手口、そしてなにより「沖縄青年」が起こした事件として当時の社会を震撼させました。
金丸の謎 – 神號を授けたのは誰か
前回の記事において、尚円王の神號について深堀しましたが、今回は最大の謎である「だれが王に神號を授けたか」について考察します。ここで百果報事について復習しておきますが、「国王の即位を慶賀する儀式において、現人神である最高女神官を通じ、神(キミマムン、キミテヅリなど)から授かる聖名」なので、祭礼の際に最高女神官が王に神號を授けたのは間違いありません。
金丸の謎 – 聖名と俗称
前回の記事において、尚円王の神號をブログ主なりに解説しました。彼の神號はざっくり言って「完全無欠の英祖王の末裔」ぐらいのイメージでお考えいただければよいのですが、ここで注目は「金丸」という名称です。














