閑話 2016年リオネジャネイロオリンピック・バレーボール世界最終予選を観戦して思ったこと その2

今回の最終予選を観戦してブログ主が思いついたのはペレストロイカ時代のソビエト連邦と、1853年(嘉永5)のペリー来琉以降の琉球王国です。共通点は偉大なる指導者が築き上げたシステムが時代を経て制度腐朽を起こして、ついには崩壊してしまうことです。

ソビエト連邦の場合は独裁者スターリンの時代のシステムが限界になったためゴルバチョフが政治改革を行うのですが、たった数年で機能不全を起こしてしまい、1991年12月(平成3)にソビエト連邦は崩壊します。

琉球王国は尚真王のときに完成した政治や社会システムを1879年(明治12)の廃藩置県まで墨守します。その間に薩摩による侵攻や産業形態の変化、あるいは人口の増加などの社会情勢が大きく変化しますが政治・社会システムを旧来のシステムで運用した結果、琉球王国は深刻な機能不全を起こして幕末期には目も当てられないほどの醜態をさらけ出します。

制度腐朽下の社会の致命的な欠点は社会を担う人材が輩出されないことです。琉球王国の場合は最後の国王尚泰が好例ですが、家臣を使いこなすことができない、調整できない、決断できないなど政治家としての能力がゼロなのです。家臣たちも似たようなレベルで最終的には醜態をさらけ出した挙句に大日本帝国に吸収合併されます。王国末期は尚泰のような人物しか輩出されないほど政治・社会の制度が腐朽してどうにもならない状態に陥ったのです。

この状況は現在の日本バレーボール界と同じでしょう。松平さんが築き上げてきたシステムを墨守した結果、日本バレーは世界のレベルから取り残されてしまい、世界最終予選のようなビッグイベントで無残な醜態をさらけ出してしまうのです。指導者のレベルが世界レベルからかけ離れていることが致命的で、今後改善できる可能性はあるか極めて疑わしいと言わざるを得ません(続く)。

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