ソ連の裏と表 ⑻ – 取調べは役人まかせ – 一片のパンに千秋の思い

(八)大豆の一粒 ソ連の監獄の食事は、朝黒パン五百五十グラム(両の手で丁度握れる位の大きさ)と砂糖九グラム(角砂糖一個コ位)が各人に渡され、白湯が監房内に運び込まれる。規定では七五グラムの雑穀と二百グラムの野菜が与えられることになっているが、昼と夜に配ばられる湯のみ一杯位のスープの中には、わずかに雑穀のトギ汁みたいなあとが見られるのと青いキャベツの漬物が時たま浮いている程度のものである。

取調が調査官の思う様に運ばないときは独房に入れて拷問を始める。ソ連人は一たん投獄されたらどうせお向うまかせと、いうわかりのいいのが多いから大抵調査とは名のみで調査官が勝手に筋書を作って呉れた書類にサインだけをすればよい様になる。どうせ釈放はしないんだから未決監で苦しむのは無駄だという考〔え〕方である。監獄には八、九才の子供も入って来るが十六才未満は未成年者として監房も別で食事も違い質量ともにややいいのが与えられる。

保安省監獄は政治犯専用で、いわゆるゲ、ペ、ウ直系の監獄である。その殆んどが独房で取扱はきわめて厳格である。四方八十センチから一米位の厚い煉瓦壁に、一方の上部に手届かない高さに二重ガラスの窓があるが、外側から三角の箱で囲ってあって、よじ登っても外部は見えないようになっていおり、空が三角に見えるところが僅かに採光の役目を果たしている。内側には太い鉄網が張られて手もだせない様に作られる。廊下側に向って鉄の扉がありその下部に外から開閉出来る食事差入口があり上部に小指大のノゾキ穴があるがそれも外から蓋がついていて必要な時だけ看守が廊下からのぞく事が出来る様になっている。一日一回三十分の散歩が許されているが時間はお向さんの勝手で、朝早くか晩の組に回されると全々太陽は拝めない。散歩といっても獄内にある、高いコンクリート壁の二十坪ばかりの所に矢張り錠付きである。それでも大気を腹一杯吸えることは有難い。朝と晩に一回便所の時間があるのも大きな喜である。生理的要求ではなく、独房から廊下に出るだけでも解放感を感ずるからである。

独房の中で飢えと孤独と闘うことは只精神力に頼るほかはない。朝のパンを食べて了まえば待つのはもう明朝のパンだけである。独房に長くおれると目はかすみ、すべての感覚が麻痺して了まう様に思われるが耳と鼻が妙に鋭くなる。廊下に足音がするとじっと全神経を耳に集中してきき耳を立てる。看守か、外部からの巡視か、呼出か、掃除婦か、水運びか、パンの配給かすぐ聞き分ける。夜のスープが魚ダシか肉ダシかひるすぎにはもう臭でかぎ分ける。パン運びの足音がするともう生ツバを飲み込んでじっとしていられない。足音が扉の前で止って差入口がガチャンと開くと胸がドキドキ鳴って来る。まるで処女が初恋をした様な思いで朝のパンを待っている〔、〕そのパンに一日の運命をかけているのだから夢中である。切口が一面しかない外皮の多いパンが当ると嬉しくホッとする。両面切りのヤワイやつが当るとガツカリする〔、〕皮の多いのはかたくて腹ごたえがあるからである。時たま夜のスープに大豆の数粒でも見付けたら嬉しい。その大豆の一粒一粒が腹にたまる様な気持がする。考える事は食物のことばかりで、且って親戚知人に客に呼ばれた時、無理にすすめられた御馳走の事、箸だけ付けて残した小盛の皿のことなどが思い出されて生ツバばかり飲んでいた。

独房では、ふとした時におそって来る孤独感がまたたまらない。此の世の中に自分以外に誰かが生きているということが信じられない。そんな時は廊下の看守の足音も救いの神である。自分以外にも人がいるということを確認するからである。(1957年5月7日付沖縄タイムス夕刊4面)

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