琉球・沖縄の歴史で文字が読めた最初の女性についての再考

以前、当ブログにて琉球・沖縄の歴史上で確認できる限り最初に文字が読めた女性について言及しました(琉球・沖縄の歴史上最も偉大な女性の思い出話)。今回は『琉球新報』あるいは『沖縄県史 – 資料16、女性史新聞資料明治編』を参考に、同時代に文字が読めたであろう女性について記事をまとめてみました。

現存する最古の『琉球新報』明治27年12月16日付によると、明治21年に創立した那覇高等小学校が同27年3月に暴風被害にあい、そして同年12月に再建したとの記事があります。その落成式が12月15日に行われ、その際の女子部総代による祝詞(しゅくし)が掲載されていました。全文を書き写しましたので紹介します。

中馬こと

祝詞

ことしの春きさらきの頃いとあらき風のため此學ひの家のそこはかとなく破れこほちたりしか心ある人々のちからにていと早くもとのことくになりにけれは明治廿七年しはすの十日あまり五日といふ日に落成式をさへ行はれ知事閣下を始め貴き人々も此むしろにのそまれいとねもころなる祝詞をたまはれ何のそちかたくらへくもなくいとかたしけなくおほえ侍るになむ今よりはいやます〱勤めはけみてよろつのひとへたに此あつきみこころに報ひたてまつらんと心にちかふの外なくなむ

明治二十七年十二月十五日 那覇高等尋常小學校女子部生徒総代 中馬こと

引用:明治27年12月16日付琉球新報2面

琉球新報の原文は読み辛いため、『沖縄県史』も参照し祝詞を書き写しました。試しにブログ主にで漢字を当てはめて読み易くしましたので下記をご参照ください。

祝詞 今年の春如月の頃、いと荒き風のため此(の)学びののそこはかとなく破れ毀(こぼ)ちたりしがある人々の力にていと早く元の如くになりにければ明治廿七年の師走の十日余り五日とふ日に落成式をさへはれ知事閣下を始め貴き人々も此(の)席(むしろ)に臨まれいと(ねもころ)ろなる祝詞を賜はれ何のそちかた比べくもなくいと(かたじけな)覚え侍るになむ、今よりはいや益々勤め励みて万の人へだに此(の)厚き御心に報ひ奉らんと心に誓ふの外なくなむ

上記の祝詞はなにか平安文学を読んでいるような感じさえ受けますが、この祝詞を読み上げた”中馬こと”という女生徒が実は史料ベースで確認できる琉球・沖縄の歴史で文字が読めた最初の女性です。

ただし彼女が”沖縄県人”かどうかは定かではありません(名字から察するに鹿児島出身の県内在住者か)。それ故に明治29年(1896年)に女子講習科に入学した久場ツルさん(首里出身)が沖縄県人として確認できる最初に文字が読めた女性と見做しても誤りではありません。中馬さんは「県内在住者で文字が読めたことを確認できる最初の女性」と定義することができます。

次は明治32年(1899年)3月10日の琉球新報の記事を紹介します。

新垣カマド

新築落成祝

あはれ文明の光り隈なき明治の大御代に都も鄙もをしなへて學ひのわさ一きはすゝみゆき小學校の備へなきはなく此地も早くより女子部を分ち設けられしか庭に入り立つその年々にかすまさりつゝいつしか校舎ひまもなきまてみち〱ぬさるによりこたひ増築せるゝかゝる學ひやにかよひつゝ御をしへ受る己等は何かはたとふへきされは今よりはいよ〱學ひの道をはけみ行を正しうしてあまたの人々の御こゝろつくしの千々の一をたにむこい奉るへくこそ今日しもいとおこそかなる落成の式を挙けさせられ己等此席につらなる事の嬉しさのあまりかくなむ明治三十二年三月五日那覇尋常高等小學校女子部生徒総代新垣かまと

引用:明治32年(1899年)3月10日付琉球新報2面

試しにブログ主にて漢字を当てはめて読みやすくしました。下記参照ください。

新築落成祝 あはれ文明の光り隈なき明治の大御代に都も雛も押並べて学びの技一際進み行き、小学校の備えなきはなく、この地も早くより女子部を分かち設けられしが、庭に入り立つその年々に数勝りつつ何時しか校舎隙なくなきまで満ちみちぬ。さるにより此度増築せるる、斯かる学び舎に通いつつ御教えを受ける己等は何かは例ぶべき。されば今よりは愈々学びの道を励み行を正しうして数多の人々の御心づくしの千々の一をだに報い奉るべくこそ今日しもいと厳かなる落成の式を挙げされられ己等この席につらなる事の嬉しさの余りかくなむ。

参考までに琉球新報によると明治23年(1890年)に那覇尋常高等小学校内に女子部が創立され、年々就学者が増加したため(当時)那覇区久米に新校舎を建設して移転開校したとの記載がありました。同女子部の明治32年当時の就学者数が486人との記述があり、県内出身者と思われる女生徒が総代を務め、しかも落成式典で祝詞を述べるあたり沖縄県内における女子教育熱が徐々に浸透していったことが伺えます。

笹森儀助著『南島探験』を参照すると、明治26年(1893年)当時も女子生徒の就学は確認できますが、実際に(当時の就学者たちが)文字の読み書きがスムーズにできたかは不明です。史料ベースでは中馬ことさんが琉球・沖縄の歴史で文字の読み書きができた最初の女性、県内出身者では前述の久場ツルさん、そして次が新垣カマドさんと見做してもいいかもしれません。他にも情報を確認次第、当ブログで紹介することを約束して今回の記事を終えます。

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