桑を指して槐を罵る – 望月依塑子、森ゆうこ著 『追及力』 の書評

先日ブログ主は望月依塑子記者と森ゆうこ議員の対話録 『追及力』 を購入しました。望月さんは菅官房長官との会見でいちやく有名になった東京新聞の記者ですが、正直なところ「おバカな質問を連発しているな」ぐらいの印象しかありませんでした。だがしかし、彼女の著作を参照した際に面白いことに気がついたので当ブログで書評として記事を掲載します。 

 彼女が一躍注目されたのは平成29(2017)年6月以降の菅官房長官との記者会見からのようですが望月記者の功績は既存ジャーナリズムの欠点、具体的には政治部(とくに番記者)と記者クラブ制度の堕落ぶりを改めて天下に示したことに尽きます実際に望月記者も同著73ページにおいて次のように述べています。 

  望月さんが政治部にいたら、いまのような動きはできなかった? 

望月 そうだと思います。政治部には番記者という、閣僚や政党の役員にずっと付きっきりの記者がいます。たとえば私が「菅番」だった、私と菅さんのラインが切れてしまったら仕事にならないわけですよね。もう自分の存在意義がない、みたいなことになってしまう。他紙やテレビは菅さんからオフレコでもなんでも聞けるのに、東京新聞だけ望月のせいで取材ができないというのは、とんでもないことですから(中略)。 

 この箇所は政治家と既存マスコミの政治部記者との馴れ合いをズバリ指摘しています。たしか過去に長谷川慶太郎さんが同じような指摘をされていた記憶があります。いまさらながら改めて政治とマスコミの”癒着”を明示されると、ジャーナリストの正義を疑わざるを得ません。「マスメディアは権力を監視する」という大命題を放棄して権力にすり寄る一部マスコミの存在を天下に広く知らしめた望月さんに対して、国民はもう少し感謝すべきです。 

 この著書のもう一つの特徴は、彼女なりに安倍政権へ疑問を呈していますが政権側に対する憎しみがまったく感じられないことです。この点は森ゆうこさんも同様で、対談では「相手に対して敬意を表しつつも、その上で政権運営に対して疑問を投げかける」という建前を貫いているため読んでいて不快感は全く感じませんでした。 

 ただし望月さんの不幸は2つあります。一つは政権を追及する側が、政権よりも不信感を持たれていることと、もう一つは彼女が同業の政治記者たちから疎外されていることです。たとえば72ページには次のように記載されています。 

 森 記者さんの間でも望月さんの質問は、けっこう問題視されているよね? 

望月 あるとき政治部の記者から「正直言うと、あなたには(会見場の外に)出ていってほしいとみんなが思っている」って言われたんです。すごく正直すぎる(笑)。たまたますれ違ったときに聞いたんですけど、やっぱり私のことは認めてくれないのかと聞いたら、「まぁ、そうだよね」みたいなことを言われまして。そういえば、どこかの Web サイトに、「うちの政治部記者も望月と同じと思わないでください」とかいう見出しの記事が出ていたこともありますね。誰が書いたかわからなかったのですが(笑)。 

 むしろ同業者のほうに排除の論理が働いている感じよね。 

望月 排除の論理(笑)。やっぱり政治部の記者は政治家との距離にはすごく気を遣うみたいですね。東京新聞も政権批判の激しい紙面展開だけど、政治家との間で記者がバトルするということはないですから(中略)。 

 104ページにはさらに突っ込んだやり取りが記載されています。 

 政治部はジャーナリズムではない? 

  菅さんが嫌な顔をすると、記者クラブのほかの記者たちは難しい顔しない? 

望月 いつもにらんでくるテレビ局の記者が一時期いました。どことは言いませんけど。その局は、加計学園の騒動が起こったときに、「第二の森友問題になりそうだから加計やります」とある記者が潜入取材をしようとしたら、政治部が「そんなことやったらまた政治部の仕事が危なくなるから手を突っ込むな」って横やりを入れてきたそうです。それってジャーナリズムとしておかしいですよね。 

 テレビを見ているだけだと、そこまで露骨なことってあまり感じないけどね。 

望月 報道としてはきっちり取り上げようと思っているからやるんですけど、テレビの政治部はやはり権力にかなりベッタリのように見えます。だから、ある社では、記者経由なのか、社長と安倍さんとの会食をセッティングするように打診があったりするようですよ。ただ、そこはお断りしているみたいですけどね。トップ同士が会食を繰り返すと現場で批判もできなくなるからって。 

 政治部というのは、ジャーナリズムができないのかな。 

望月 いまの記者クラブ制度では、なかなか難しいのかなと思います。権力に引き寄せられてしまうというか。森さんが与党だったころは、メディアに対してどう思っていましたか。 

 当然、一番情報を持っているのは権力者側。記者とすれば情報がほしいわけです。そうすると、組織も人も権力にすり寄ってしまうと思いますよ。一番顕著なのが司法記者クラブね。絶対検察のいいようにしか書けない。 

望月 クラブにいると、やっぱりこれ以上突っ込むのはやめようという気持ちが出てくるんでしょうね。司法クラブだったらここまで、官邸記者会見ならここまでみたいな線引きが、そこにずっといればわかってくるのかもしれない。でも、それは内輪だけのルールで、国民は知らないし、私だって政治部じゃないから知らなかったっていうだけですよ。 

 知らないからできた? 

望月 そう思います(中略) 

 この著書の本当の主題は「批判精神を喪失したジャーナリズムに対する警告」で間違いありません。一見安倍内閣の政権運営を批判する形式をとっていますが、本当は権力とマスコミのなれ合いにたいする痛烈な批判です。この視点で同著を読むとすごく面白い。「桑を指して槐を罵る(ある相手を批判しているように見えて、実は別の対象を批判している)」のことわざそのものです。 

 個人的には望月さんは社会部に戻って彼女なりに社会の不正義の追及に専念したほうがいいと思います。理由はこの著書からも実感したのですが、彼女には頼れる味方がいないのです。どんなに強靭な精神力の持ち主でも、最終的に孤独は人をダメにしてしまいます。しかも現在彼女を持ち上げている人が実に怪しげで頼りない存在ばかりのように見えるのが実に痛い。そうなる前に社会部に戻って反骨のジャーナリストとして一線で活躍したほうが、結果的に日本社会にためになるのではとブログ主は痛感せざるを得ません(終わり)。 

SNSでもご購読できます。