芋の葉露(田舎生活)- その3

(三)穴屋の構造は大略前回に述べたるが如し。田舎にて□家屋と云へば先づ穴屋が普通にて瓦家及びヌキ屋は余程贅沢なる家屋なり。而して瓦屋は旧藩の時代に於ては禁制なりし故田舎にては番所(今の役場)の外に瓦の屋根を見ざりしが、近来は財産家争ふて瓦屋を造るに至り島尻中頭には瓦屋は恐らくヌキ屋より多きに至りたるならん。斯く瓦屋が流行するも間取り又は構造に数寄を凝したるものとては一軒もなくこれ又版に押したるが如くヌキ屋と同様なる構へなり。多くはヌキ屋の組建てに瓦を乗せたるに過ぎざるなり。

さてヌキ屋と云ふも屋敷の構へも門内の目隠し(ヌキ屋となれば多く大石を用ゆ)も穴屋と左程異なる所なけれども、ヌキ屋にはアシヤゲと称する離座敷を建てたるもの多し。この部類には閾(=敷居)あり、鴨居あり天井あり板戸あり障子あり床の間あり座敷も畳に合して造り牀(ゆか)も七分板を用ゐ、殊に橡の如きは槙木(イヌマキ)の板に銅釘と云ふが如き随分贅沢のものあり。庭抔も形ばかりなれども花壇あり花卉あるもの多し。然れども少しも趣味の掬(きく)すべき箇所とてはなし。

田舎の財産家は家屋に随分大金を惜まざれども雑作装飾品又は日用品抔には頓着なし。見た所立派な建物でも家に入れば畳さへなき所多し。障子抔も破損すれば破損のまま煤だらけになりてたてるもの多く、床の間に掛れる軸物は百中九十九までは紅青の絵具をいやと云ふ程塗りつけたる関羽の像か福禄寿なり。

豚小屋には思ひ切つて金をかける習慣あり。財産家の豚小屋は切石にて築きたて随分見事なものなり。世事にたけたる或る老人の話に「田舎屋の内容は大抵豚小屋を一見してわかる」とあり。誠に穿ちたる言なり。

分限者の家には上記の如く随分金はかけたれども、平素は畳さへ敷かず(ありとも積んで置くのみ)、母屋より納屋に至るまで土足のまま踏みこむこと常なれば、寝間抔に充つる所なりとも筵を敷きたるのみ。平生(へいぜい)の生活情況にりては余程の貧民でなき限りはヌキ屋の主人も屋の主人も異なる所なし。日常使用する所の器具、例へば茶器食具の如きも少しも異なるものなし。

田舎屋にヌキ屋穴屋と通して欠くべからざるものあり。そは筵(むしろ)にて多きは五六枚少なきも二三枚は必ず備へ置くなり。これは都人抔が来訪するときに敷くものにて平生は巻いて座敷の隅に置けり。「山原の習やアダニ葉の筵、敷かばゐらめしやうれ首里の主の前」と云ふ俗語あり。これ豈に山原のみならんや島尻中頭亦然り。

近来は財産家の子弟にして都人士と同様の教育を受け官□又は学校等に職を奉ずるものあり。これ等の人々はその生活も自然市街的となり表丈は座敷も庭も随分手を入れて掃除も行届き趣味も生ずる様になりたれども、さりとて家族の居家に至れば矢張り田舎の臭味は免がれざるなり。

昨今の如き砂糖季節とか米や豆の収穫時となれば立派に普請したる家なりとも惜気なく砂糖樽や土だらけの豆の木を入るる、如何に清潔にせんとするも得べからざるなり。庭とてもその通りにて、今頃は甘蔗の枝葉やその絞りカスをひろげ置く故、雨天の折抔はじくじくしてその上を歩行するときは誠に気味わるき心地するなり。(明治34年1月15日付琉球新報)

【原文】

穴屋の構造は大略前〔囘〕に述べたるが如し田舎にて□家屋と云へは先づ穴屋が普通にて瓦屋及びヌキ屋は餘程贅〔擇〕なる家屋なり而志て瓦屋は舊藩の時代に於ては禁制なり志故田舎にては番所(今の役塲)の外に瓦の屋根を見ざりしが近來は財產家爭ふて瓦屋と造るに至り島尻中頭にては瓦屋は悉くヌキ屋より多きに至りたるならん斯く瓦屋が流行するも間取り又は構造に數奇を凝したるものとては一軒もなくこれ又版に押したるか如くヌキ屋と同樣なる構へなり多くはヌキ屋の組建てに瓦を乘せたるに過ぎざるなり

さてヌキ屋と云ふも屋敷の構へも門内の目隱し(ヌキ屋となれは多く火石を用ゆ)も穴屋と左程異なる所なけれともヌキ屋にはアシヤゲと稱する離座敷を建てたるもの多志この部類には閾あり、鴨居あり天井あり板戸あり障子あり床の間あり座敷も疊に合して造り牀も七部板を用ゐ殊に橡の如きは槇木の板に銅釘と云ふが如き随分贅擇のものあり庭抔も形ばかりなれとも花段あり花卉あるもの多し然れども少しも趣味の掬すへき箇所とてはなし

田舎の資產家は家屋には随分大金を惜まざれとも雜作裝飾品〔又〕は日用品抔には頓着なし見た所立派な建築でも家に入れば疊さへなき所多し障子抔も破損すれは破損のまゝ煤だらけになりてたてるもの多く床の間に掛ける軸物は百中九十九までは紅靑の繪具をいやと云ふ程塗りつけたる關羽の像か福祿壽なり

豚小屋には思い切つて金をかける習慣あり財家の豚小屋は切石にてきたて随分見事なものなり世事にたけたる或る老人の話に田舎屋の内容は大抵豚小屋を一見してわかるとあり誠に穿ちたる言なり

分限者の家は上記の如く随分金はかけたれども平素は疊さへ敷かず(ありとも積んで置くのみ)母屋より納屋に至るまで土足のまゝ踏み〔こ〕むこと常なれば寐間抔に充つる所なりとも筵を敷たるのみ平生の生活情况に至りては餘程の貧民でなき限りはヌキ屋の主人も穴屋の主人も異なる所なし日常使用する所の器具例えは茶器食具の如きも少しも異なるものなし

田舎屋にヌキ屋穴屋を通して欠くべからざるものありそは筵にて大きは五六枚少なきも二三枚は必ず備へ置くなりこれは〔都〕人抔が來訪するときに敷くものにて平生は巻い〔て〕座敷の隅に置けり「山原の習やアダニ葉の筵、敷かはゐらめしやうれ首里の主の前」と云ふ俗謡ありこれ豈に山原のみならんや島尻中頭亦然り

近來は財產家の子弟にして都人士と同樣の敎育を受け官〔吏〕又は學校等に職を奉ずるものありこれ等の人々はその生活も自然市街的となり表丈けは座敷も庭も随分手を入れて掃除も〔行〕届き趣味も生ずる樣になりたれどもさりとて家族の居室に至れは矢張り田舎の臭味は免かれざるなり

昨今の如き砂糖季節とか麥や豆の収穫時となれは立派に普請たる姿なりとも惜氣もなく砂糖樽や土だらけの豆の木を入るゝ如何に〔淸〕潔にせんとするも得べからざるなり庭とてもその通りにて今頃は甘蔗の枯葉やその絞り〔カス〕をひろげ置く故雨天の折抔はじく〱してその上を歩行するときは誠に氣味わるき心地するなり

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