コザの街エレジー(15) ガム売り

須美子は帰りのバスの中で、ポケットに手を入れて札の感触を楽しんだ〔。〕スカートのポケットの中には300円余りの金が5円、10円、20円がゴッチャになって入っている。須美子が乗っているバスを追随して部隊帰りのタクシーが疾駆する。後から後からまるで何かに追われているように。もう夜中の12時に近い。須美子は後にしたコザの街をふりかえる。1つまた1つとネオンの灯が消えてゆく。

〔三々五々〕、よろめく足に鼻歌まじりの兵、大声で奇声を発するもの、タクシーの窓から愛きょうをふりまくもの、白、黒、その中を肩をすぼめて通り過ぎる黄色い小男たち。心持ち肩を上げ、威厳を保ち殊更、静かに歩くMPパトロール。

宵暗せまる頃、基地の花園に集まった騎士たちは、11時になるとコザの街に未練を残し乍ら兵舎へと帰っていく。

中には、見事、人生の快楽を味い、さめやらぬ夢を追いつつ、MPに追われて急ぎ帰りのタクシーに飛び乗る幸福者もいる。須美子には勿論、そんな事はわからない。

外人さん達が潮の引くように帰った後には次のアルバイトへ急ぐ女給さん、お琴を引いてしょげて、やけに情をあふる女給さん、どうでも男気がなくては寝られぬという変態性の女給さんなどは沖縄ボーイでも、と眼を血走らせる。

頬にベットリ口づけ / ぬぐえども消えぬ感触

◎…須美子は今晩の出来事を思いおこす。

或るキャバレーの入口の暗がりで1人の白人兵に「ヘイ!」と呼び止められた。100円札を出して「ガム!」という。ダブル〔ミント〕を差し出すと「ノー、ジューシー・フルーツ」という。「デイスワン?」須美子の英語もこのごろずいぶん旨くなった。黄色いパケッヂを受け取り、お釣りを数えている間に、パケッヂを開け、1枚ちょっと引き出して、「ユーワン?」と差し出された。

「エース、サンキュ」と手を差し出した。「ハウオールド?」「トイリティーン」「ユー、フルベリナイス」ほめられて須美子は嬉しかった。

ニコッと笑ったらその兵が「アイハブベビさんセイムセイムユー、テンヤーズオールド…」じっと須美子の顔をみていたこの兵隊さん、何を思ったのか、つと須美子の手を握って引き寄せた。須美子は酒のにおいがするので嫌だったが、ガムを買ってくれた親切なこの兵隊さんは決して悪い人ではないと思い、じっとしていた。須美子の頬ぺたに、酒くさいいきと共に兵隊さんのベットリした唇が吸いついた。

須美子はいつか友達のトミちゃんと2人でみた洋画のキスのシーンを思いだした。変てこな気持ちがした。そして次のしゅんかん、汚いものがくっついたように思った。それは、ヤモリを連想させる気味悪い感じだった〔。〕もっと小さい頃、お母さんが、何かの事で泣きながら、ぐっと須美子を抱いて、頬づけした事がるが、そのときの想い出は今でも甘美なものとして残っているのに。……須美子は、そっと手を頬に当ててみた。生毛の柔い少女の肌は印画紙のように敏感だ。手に触れるものは何もなかったが、須美子にはまだ何かくっついているように感じられた。家に帰ったらうんと洗ってしまおうと須美子は考えた。このガム売りをしてからもう2年余になる。ハーニーさんがいちゃつくシーンはいやという程みせつけられた。或るバーの隣りで女給さんと兵隊さんのきわどいシーンをトミちゃんと2人壁の節穴から眺めたことがある〔。〕何かおかしくなって2人で駈け出し遠くまで行ってから声を出して笑った。大きな声を笑っている中に涙が出て来た。その晩も須美子はおそくまでイロイロ考えて寝つかれなかった、私もやがて大きくなる。あと3年4年、そのときはどうなるだろう。今の須美子には男女の生態がただいやらしい、汚らしい無意味な悪ふざけにしか思えない〔。〕

〇…だが13歳の彼女は時々、切なく寂しい夢をみるときがある。大きなシャボン玉に大人になった自分がのって、果しもない大空を、きらめく星の間を縫って飛んでいく……どこまでもどこまでも……。

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