先日ブログ主が史料チェックしている際に、めんそーれは「造語」だった?と題した琉球新報のWeb記事を見つけました。その内容に興味を覚えたブログ主は(ファクトチェックも兼ねて)沖縄県立図書館で関連史料を確認しているうちに興味深いことに気が付きましたのでためしに当ブログにまとめてみました。方言ネタ好きな読者のみなさん、ぜひご参照ください。
ブログ主が確認した限り、沖縄のメディアに「めんそーれー」が初登場したのが昭和47年12月22日付朝刊の琉球新報と沖縄タイムスであり、参考までに該当記事を貼り付けておきます。
※なお、沖タイ・新報とも全く同じ内容の記事が掲載されていたので、琉球新報の記事を紹介します。
そして注目すべきは翌23日付琉球新報の記事で、全文を書き写しましたのでご参照ください。
「めんそーれー」に決まる 海洋博の県民の合い言葉
県は二十二日、海洋博における県民のあいことばを「めんそーれー」にすることを決定した。これは一般から寄せられた百八十余点のうちから選ばれたもので宮里悦沖婦連会長の提言によるもの。「めんそーれー」は「どうぞお越しください」「よくいらっしゃいました」という意味の沖縄の方言。“守礼の民” としての謙虚さやすべての人をわけへだてなく迎え入れるあたたかさと大らかさ、そして古代中央語の持つみやびの語感をそのまま現代に伝えるものであることから県民の合い言葉として最適である-として選ばれた。
ほかに大城立裕先生の著書「沖縄 – 『風土とこころ』への旅」に”めんそーれー” について興味深いエピソードが紹介されていましたが、大雑把にまとめると
・めんそーれーは沖縄国際海洋博覧会(EXPO’75)の “お国ことば” として採用された。
・札幌冬季五輪の「ようこそ」、第27回国民体育大会(以下鹿児島国体)の「まっちゃけ申した」とのスローガンに触発されて県が募集した中で、宮里悦女史の提言が採用された。
・元ネタはおそらく首里言葉の行くの敬語(?imeNseeN)で、大城先生の証言によると来沖のお客様には(発音が)複雑すぎるし、先島に人などには「めんそーれー」ぐらいなら耳になれているだろう、とのことで正確さはセーブして採用した。
とあり、「県民の合い言葉」として用いられた “昭和のウチナーグチ” であることは間違いなさそうです。はっきりいって琉球新報のWeb記事あるとおり「造語」なんですが、まぁ~にひらがな表記を使っている時点で思いっきりナイチャー(他府県民)を意識したスローガンであるのは間違いありません。
そして面白いことに、「県民の合い言葉」として作られた”めんそーれー” が50年の時を経て「沖縄本島の言葉」としてのみ認知されるようになった点です。ちなみに、大城立裕先生が「すべての文化運動は、沖縄のすべての庶民に通用するものでなければならないのだ。地域的にも階級的にもひろがりをもった運動であってほしい、というものである。」との期待を込めて採用した用語が、結果的に本島民にしか刺さらない言葉になったのは極めて興味深いのですが、この点については次回詳しく言及します。

