コザの街エレジー(8) ハーニー族

美代子は「ふうっ」と溜息をついて腰を伸ばした。日中のアイロン掛けは暑くてやり切れない〔。〕ここはコザの或る外人家庭(?)。女主人は洋子さんといって31歳。主人は太っちょの米人で50近い。この家は洋子さんの前の旦那さんが米国へ帰るときに作ってくれたもので、洋子さんの財産であり、そして彼女の城だ。だから洋子さんは今の旦那からは生活費とは別に家賃も計算してもらっているという。

美代子はこの家のメイドだ。2年前、島尻の田舎から出て来て路頭に迷っているとき、この女主人に拾われて以来、前の旦那のときから忠勤を励んでいる。

食事つき1000円の給料は十分で、田舎での生活とは話しにならない。美代子の目にうつる洋子さんの生活は、このまま美代子の理想の生活であり、むしろ夢である。

おゝそれはわが夢 / 豪勢なハーニー族の生活

洋子さんのようなハーニー族は数多くいると話は聞いている。お隣りにもいる。その中でも洋子さんは全く群を抜いて金持ちだ。

仲間の顔役だとみえ、いつも何か困ったときの相談相手になっている。姐御的存在だ。美代子は、自分もいつかきっと洋子さんのように女王様の生活が出来るんだと夢をえがく。

すばらしい洋服を幾つも作り、10足余りも靴を持って、自家用車を乗り回す洋子さんの生活が美代子には羨しくて仕方がない〔。〕お隣りに住んでいるどこかの学校の先生は戦前からの先生だというが、7~8名の子供達をかかえて、ピイピイしている。又もう一人の隣人は大学卒業の役人だというが。

その人も妻と子供1人をかかえたわずか3名家族だというのに、そこの奥さんは一週間に一回か二回しか肉屋に行かない。洋子さんの家では毎日肉を欠かしたことがない。洋子さんの部屋の美しさはまたどうだ。映画に出てくるアメリカ人の部屋そっくりだ。ダブルベッドはいつも裏白いシーツにおおわれ、その上から花模様のカバーがかけられている。三面鏡も立派だ。何よりもすばらしいのは3つも並んだ洋ダンスにずらりとかけられたドレスだ〔。〕その中から美代子はお下りを貰ったこともある〔。〕今にきっと自分もこんなに立派な御部屋の女王様になってみせるぞと美代子の夢はつづく。サァーッというタイヤのきしる音で美代子の夢は破られた。旦那様のお帰りだ。玄関に出迎える美代子さんに、カミソリーから買って来た罐づめを渡すと旦那さんは応接間兼居間につかっている八畳間のソファにどっかと腰を下した。

洋子さんが、寝室からうすい肌のすけてみえるパジャマのすそをひきずって出て来た。

「オオダーリン、ハウワズ、トデイ、イズ、エブリシングオケイ?」といい乍ら洋子さんは旦那さんのたくましい腕の中へ。

「エアエア、ハウ アバウツ ユーベー ビー、ユードン クライ ドウユー?」と甘いささやきがしばし。

美代子は夕めしの準備にとりかかる。そしてひとりそっとつぶやいてみる。仕草としながら…「オオダーリン、ハウワズ、トデイ」どうもむつかしい。自分も英語を勉強しなけりゃと思う。美代子も中学時代に英語を習ったことがあるが、琉大を卒業したという先生より、洋子さんの英語がずっと旨いと思う〔。〕まるで音楽だ。第一アクセントがいい。美代子は料理を作りながらも、靴をみがきながらも、主人夫婦の会話に聞きほれるときがある〔。〕ふとふりかえると、旦那様が洋子さんを抱っこして寝室に入って行く。昼でも、夜でも、2人を吸い込んだ後の寝室はガチャと内鍵が掛かってしまう。美代子の頭の中には政治とか、純血とか、道徳とかそんな固苦しいことは入る余地がない。すばらしい洋服、靴、タンス、鏡〔、〕自家用車、そしてダブルベッドの夢だ。

自分は洋子さんの旦那さんのように太っちょの人は嫌いだ、ムービースターのような人のハーニーになるんだと考える。洗たくで指が節くれないように注意しよう……そうだ、英語の勉強もしておかなければ……。こうして新しいハーニーが又一人生れて行く。(Y)(昭和32年9月22日付琉球新報夕刊03面)

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