圍娼の情夫ぐるい(原文)- 2

明治31年9月3日付琉球新報3面

(つヾき)伊勢の海阿漕ケ浦に曳く網も度かさなれは顕はれにけり況んや人足繁き遊郭の中に於て如何に秘すれはとて隱せはとて惡事忽千里を馳せ何時か浮名の世間に漏れさる事ある可きかは左れはカマ眞榮里両人の密會は初の程は家内の人にのみ秘密として知られ両人に於ても亦た用心に用心を加へ餘所に漏さじとのみ勸めたれと

熟度の高まるに從ては其心も次第に薄らき初は夜遲く來て朝早く歸りし者か漸次に朝遲くなり晝迄の流連となり又は二三日も泊る事もありて此勢では終に或は人を憚らさる様になりもやせんかと氣遣かはるヽ程になりたるにころ去らぬだに遊里に成育せし人の口さがなさは他人の秘密と知りつヽウカと口走るか常なるに今這狀態を見るに附け日ごろ二人の娯しそうなる密會を目にも見心にも推して想ひやり羨ましさ妬ましさの情けが堪へかたくなりて終に無念晴らしに誰とはなしに口より口に漏れ家より家に傳へ段々擴がりて今では這事辻遊郭中に公然の秘密となりて大福渡名喜のカマン●事件と云へは誰知らぬ者なき程の有様となれり斯かれば夜毎に通ひくるわの遊客にも何時しか耳に入り甲傳へ乙聞きて遊蕩社會の談抦となり憂たてや這事終に本主城間蒲の耳に入りたるぞ是非なき次第なる餘りの事に城間蒲は眞事とは得思はずカマに限りて左る不埒の振舞ある可ず這事夢にやあらん現では豈夫あらじ夢ならば早く覺めよかし現ならば如何にせんと半信半疑の心を生じても尚ほ這事は虚說なるへしと知らぬか佛の未練心が勝を制し兎角信せさりしも風聞段々高くなり密夫の性名さては何日何時に密會したりなどの事迄も知れ渡りては流石の城間蒲も終に之を信する様になり仝時に無念、憤怒、嫉妬の三情一時に具發して身体を激動したれは城間蒲は直に家を駈け出で獅子奮迅の勢にて大福渡名喜に至りカマに逢ひ詰問の口をば開きたり此時丁度朝八時比にてカマは今しも情夫を送り歸して寢乱れ姿のまヽナカメーに立て何か物思はしげに頬の邊りへ埀れかヽれる髪の毛を掻きあげつして悄然として居りたりける所に城間蒲が尋常ならぬ凄まじき勢にて突然進撃し來りたるにぞ不意の事に大に肝をつぶし偖ては忍び事の顕はれにけるよと推察したれど末終に斯くなるへしとは兼てより覺悟の上なれは今更となりては却て心强くもなり思案忽ち一決し驚ろく胸を押鎭め左あらぬ体に顏おちつけ城間蒲が猛けり狂ひ罵り騷ぎて突き込む鋭き言の鋒を柳に風と受け流し手練手管のある限り客をだませし覺えの雄辯長舌を振ひて鷲を鳥と言ひくろめ相手が少し避易する機を篤と見すまし時分は好しと例の慣用手段を持ち出し「餘所に增し花の出來て霜枯れ近き此身に早や秋風の吹き初めて特更に無實の濕れ衣を此身に着せつれなくも見捨て玉はん巧にこそあんなれ廿余年來水も漏さぬ此身の心尽しを少しも酌み計らす只今の擧動は鬼か蛇か情なき御振舞やと聲も惜ます空涙を流して泣き叫へは大抵の男ならは此手を喰ひ心忽ち解けてトゴロテンの如くになるへけれど今となりては城間蒲は其手段に乗らす心憎き奸女の巧言やと心に憤れども先程までの激論に氣も稍ゝ疲かれ心も靜まりて分別も定まり考ふれは這事眞ならさるにあらねとも証據もなきに事荒たてゝは却て身の耻辱今日は此儘歸て後日分別を回らずに如かすと思案半ばに家内の人々も更る〱出てヽ押しなためたるを機會に立ちあかり無念を怺らへて我家さして歸りたる心の中ぞ哀れなる 左れはカマは今迄如何なる乱暴に逢ふ事かと心中憂ひたりしに案外穩かに歸りし此の有様に漸く胸を撫ておろし早速情夫を呼ひ寄せ今の始末を告け斯くなる上は破緣は目に見えたる事なれは今後は如何にすへきと相談を持ちかくれは情夫も若し左る事もあらんには結局二人の幸なれは今後は我別荘に密會して好時機を待つこと宜しかるべしと熟談一決して袂を分かちたり去る程に城間蒲は一旦家に歸りしも胸中の無念遣る方なけれとも別に証據を見出す智慧も分別も出てねば詮方なく幾日も流連して密會を妨害するに如かじと思案を定め翌日から大福渡名喜に行き朝より晩まて酒を飲みカマを前に置いて側を離さず斯くて幾日も續きぬればカマは情夫と密會の機を得ず心中大に憂ひ苦めとも致方なく時々憂憤の余り人の戀事を邪魔する奴は馬に蹴られて死ねばよいなど途方もなき事を心中に浮へるも戀●生ずる痴情のわざなるべし斯て日をふるまヽ城間蒲は神疲かれ氣屈して酔倒れ前後不覺に寢入ること度々なりけれは此機を幸ひカマは眞榮里の別莊に行きて不義の娯樂を貪りつヽありしが此事も終には露顕してけれは城間蒲は激怒乱醉して兼て己か調ひくれて座敷に飾りつけたる戸棚箪笥諸道具を破壞し乱暴狼籍をなして纔かに鬱憤を晴しぬ然るにカマは自分等の耻辱を世間に發表するとも知らず非を城間蒲のみ塗り附けて之を警察へ訴へけるに警官如何でか斯かる奸策に欺かるべき忽ち上記の事實即ちカマが情夫の爲めに多年大恩受けたる御客を無情に取り扱ひたる事を看破られ却て嚴しく説諭に逢ひたるは因果應報少しも違はず心地よくこそ見えたりけれと側なる城間蒲は思ひしなるへし又た城間蒲に對しては縦令ひ己れの持切りの娼妓にもせよ斯る乱暴を動くは法律規則の許さヾれば屹と注意すへしと後來を戒められて共に放免せられたり然るに其のちカマ眞榮里両人の情交は益々厚く又た城間蒲も未練の心尚ほ止まず腐れたる覆水を再び盆に盛り復すの策を講しつヽありとの事なれば何れ近日の内に一悶着を起すへしと探訪子は語りぬ

案ずるに大福渡名喜のカマが多年大恩受けたる城間蒲を見捨てヽ眞榮里に乘替へたる其薄情憎むへしと雖とも一旦泥水に汚れたる身にしあれは之に對して强て淸潔なる貞操を望むは恰も黒色に染まりたる紙を元の純白にせんとするに類して野暮の頂上不粹の至極なり左れは妓流に關係せんと欲せば豫め其浮気と不貞を承知すへく若し之が否ならば初より之に關係せさるに如かず個人警句あり此間の消息を喝破し去れり即ち左の如し

手にとるな矢張り野に置け紫雲英

寒むからぬほどに見て置け峯の雪

 

SNSでもご購読できます。

コメント

Comments are closed.