ロックとコザ(1994)川満勝弘(愛称:カッちゃん)編 – その11

(続き)でも私は「アッハー・ワカタン、イッター・シーカタ・ワカタン。ワッター・ガ・オーン・ディ・イレー・カラ、イッターヤ・ウヌ・バンドー・ウリサーニ・シムン・ドー・ンディ(わかった、あんたたちのやり方はわかった。俺たちがいいよっていったら、あんたたちはこのバンドはこれでいいってよ、というんだな)。ああ、イッター・ワカタン、ナー・ダメ・ヤッサー・ウレー(あんたたちのはわかった、もうこれもだめだね)」といって、といって、彼らがバンドから了解を得たからといって給料の上にプラス三〇ドル・ンディ・イーネー(といえば)、バンドもOK出しているからオーナーに対して強くいえるので、断ったんです。

そしたら相手も「ヌーガ、イッター給料と関係ネーン・ドー(何で、お前たちの給料と関係ないよ)」といってくるので、「アラン、真面目にシグトゥ・シェーカラー・テー、給料ンディイーシェー・アガティ・イチュ・クトゥ・ヨー、ウリテー・ワッター・ヤナーあと五〇ドル、一〇〇ドルアップヤ・時間ヌ・問題ヤクトゥ、イッターがウリ・タックワース・シェー・ヤー、アンシーネーまたオーナー・ガ・テー・チブルヤミー・スクトゥ、ウングゥ・トゥー・サンケー(いや、真面目に仕事してたら、給料っていうものは上がっていくものだから、これは私たちはもうあと五〇ドルや一〇〇ドルのアップもあと時間の問題だから、あんたたちがこれくっつけると、オーナーが困るからこんなことはするな)」といったわけです。

すると「ヤー・話ワカラン・サー(お前は話がわからない奴だな)」といわれて、そのときにボンッと蹴られてしまいました。私は「アイ、とにかく警察に電話して、警察に。僕は中部病院にね」といいながら失神して、バンドのメンバーは「おい警察と中部病院、警察と中部病院に」と慌てていました。私はそのとき意識不明になって、二、三日して目が覚めると中部病院の中でした。

その所場代取るといって暴力振るったということが問題になって、警察がこいつら(暴力団)を追いかけ回っているわけです。それでこいつらもヒンギ・マーイ(逃げ回って)たんですが、私が気がついたら警察がとっ捕まえていました。それで、またそのときの中堅幹部が来て「エー・アヌ・テー、ナー・カチミラッ・トォー・クゥトゥ・ヤー、裁判ナイ・クトゥ・ヨー、イッター・証人ディヤーン・カイ出頭シーンディ・イーネー・カラ・テー、ヌーン・ネーンタン・ディ・イリドー、ナー、オワトール・クトゥル・ヤクトゥ、ウリ以上・ヌーン・アビラン・ティン・シム・クトゥ。縄張り料トゥラン・クトゥ・ヤー、ワッター・シージャ・ガ・不利なるようなアビーカタ・サンキ・ヨォー(あのさ、もう捕まっているからさ、裁判になるから、お前たち証人といって出頭しろといわれたら、何もなかったっていえよ、もう済んでいる事だし、これ以上何もいわなくてもいいから。縄張り料も取らないからさ、俺たちの兄貴が不利になるようないい方はするなよ。」といって去っていきました。

それ以後、一〇年ぐらい、一五年ぐらいはこういうのがなかったわけです。(続く)

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