恐怖の白い粉(8) 追跡捜査

警察税関の合同捜査カラ振り 「宜野湾市普天間のアパートでヘロインの取引がある」。CIDからの情報だ。県警麻薬特捜隊の隊長・山城常茂警部は、小渡良勇警部補の第一班の出勤を指示した。指令を受けた小渡班は取引の舞台となる民間アパートの張り込みを昼から開始した。

取引は九月二十五日午後八時。同日午後七時三十分、小渡班は普天間署に集結した。沖縄地区税関の取締官の緊張した顔もみえる。県警と税関の合同捜査はまれだ。「きょうの家宅捜索は期待できる」張り込みを続けている捜査員からいい情報が舞い込む。那覇地裁から夕方に出た家宅捜索令状も届いた。あとはタイミングをみはからって踏み込むだけだ。

ところが班長の小渡警部補がまだ姿を見せない。ジリジリして待つ捜査員。時間はどんどん過ぎていく。予定より三十分も遅れて小渡警部補が大きなからだを国産車に押し込んで現われる。「きょうはまずい。助手席の外人を見ながら厳しい表情でひとことつぶやいた。目的の外国人密売人に四、五人の連れがいるという。CIDの手配で捜査に協力している助手席に乗っている外人の生命が危険にさらされる。さらに密売人らしい者が多数いる中で踏み込むと捜査員の顔が不必要にに覚えられてしまう。危険は大きい。結局この日の家宅捜索は中止された。カラ振りや単調な捜査も多い。忍耐と辛抱強さが一人一人の捜査員に要求される。

用心深い売り手” / 伝家の宝刀「おとり捜査」

組織が大きいほど時間もかかる 密売人一人を逮捕するにも地道な捜査活動があってことできる。大がかりな密売組織の壊滅までには何カ月間もの時間がかかる。麻薬Gメンが摘発したケパート密売組織のボス、テモシィ・G・ケパート(二九)=元UFW支配人=の逮捕まで約一年あまりも時間をかけてねばり強く捜査した。県警が摘発した沖縄マフィアと異名を取るジャック・ブラウン(二六)を頭とする強固な密売組織も約半年もの長い期間にわたる追跡捜査の成果だった。強大な密売組織になればなるほど、その姿はなかなかつかみにくい。末端バイヤーや中毒患者が逮捕されても捜査の手が上に届かないように仕組まれ、そこに麻薬捜査のむずかしさがある。

めったに使わない「おとり捜査」 麻薬犯罪の捜査には「おとり捜査」が力を発揮する。取締官が末端中毒患者や中間密売人に変装して捜査することをいう。おとり捜査は白い魔手に身分がわからないことが絶対条件だ。それだけに身の危険も伴う。

おとり捜査は厚生省直轄の麻薬Gメンの伝家の宝刀だ。めったなことではおとり捜査をしない。厚生省の九州地区麻薬取締官事務局沖縄支所の服部辰夫所長は「厚生大臣の許可がそのつど必要だ。捜査の最終的なツメの段階、もしくは捜査そのものが行き詰まってヘロインがどこに隠してあるかわからない場合に限っておとり捜査を行なっている」と説明する。沖縄では、さる六月三日、同支所が摘発した退役軍人を中心とするケパート密売組織の捜査で初めておとり捜査をやった。

課長自らヒゲそり落とし変装 同支所の河野課長が自慢のひげをそり落しておとりになりケパートに近づいた。中間バイヤーになりすました河野課長がヘロインを持って現れるケパートを現行犯で逮捕する筋書きになっていた。だが、用心深いケパートはバイヤーとの直接交渉を嫌い、このおとり捜査は失敗に終わった。ところが大口の買い手が現れたとしてケパートは湿ったヘロインの乾燥作業を急いだため、ヘロインの隠し場所をつきとめることができた。「結果的にはおとり捜査が成功したといえる」と服部所長が結んだところで一線の麻薬取り締まりには県警麻薬捜査班二十一人、麻薬Gメン十八人がいる。五千人という潜在的な中毒患者を抱える沖縄では一般の取締官、捜査員の不足が麻薬撲滅のブレーキとなっている。県警麻薬特捜班の通訳官不足は深刻だ。麻薬GメンはGメンで麻薬専門の治療入院の病院がないことも大きな悩みの一つ。しかし、亡国のくすりと呼ばれる麻薬との戦いは休みことが許されない。県民の日常生活の影の部分で捜査員たちは、白い粉との果てしない戦いを日夜繰りひろげているのだ。(昭和48年9月27日付琉球新報夕刊3面)

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