琉球住民と刃物(1)

昭和40年(1965)4月16日深夜、勝連松島料亭街で発生した殺人事件に絡んで、これまで自警団の歴史について言及しました。今回からアメリカ世における「刃物による刺傷事件の多発」について言及します。

その前に、アメリカ世時代の史料をチェックするたびに「どうして当時の人たちは簡単に他人を殴れるのだろう」と痛感しますが、今回は試しに昭和37年(1962)の傷害事件の記事を複数紹介します。

酒ビンでなぐる

那覇署は22日午後11時55分ごろ、那覇市安里2区2班10号ペンキ工、亀島孝造(25)を傷害の現行犯で逮捕した。

調べによると亀島は那覇市牧志町1の104,無職、幸喜高次郎さん(23)とけんか、持っていた酒ビンで幸喜さんの頭をなぐり全治一週間の傷をおわしたもの。

桜坂で友人になぐられる

23日午前3時ごろ、那覇市内桜坂十字路で頭が血まみれになって倒れている男を牧志派出所員がみつけ、那覇病院に運んで手当した。調べではこの男は那覇市壼屋町153,労務渡嘉敷桜富さん(22)。酒を飲んでの帰りに顔見知りの宮城和夫という男にあったが、宮城はいきなり”最近君はなまいきになった”となぐり倒し、さらに重さ2,3㌔㌘の石で頭を4,5回なぐりつけタクシーをひろって逃走したもの。十日ぐらいのケガ、那覇署が宮城を手配した。

すれ違いになぐる / コザ署 傷害の男逮捕

【コザ】コザ署は22日午後、具志川村赤道、銘苅栄孝(25)を傷害の疑いで捕えた。調べによると銘苅は6月6日午前2時ごろ美里村知花105大工、島袋清善さん(40)とすれ違いざま、両眼をつき、さらにゲタばきの足で頭をけって全治十日間の傷を負わせ手配されていたもの。

米兵が飲み代払って後乱暴

コザ署は23日午前1時すぎ米兵ミネス・エドウイラブ(23)を暴行現行犯でつかまえMPにひきわたした。調べではコザ市越来262、トリスバーで酒を飲み代金を払わず出ていったので、同点にいた北谷村字謝苅4班、軍雇用員島袋辰昌さん(26)が、マダムに頼まれて代金請求したところ、兵隊は支払ったあと途中で待ち伏せ、いきなり島袋さんを二、三回なぐりつけたもの。

別れた妻を脅す

【コザ】コザ署は23日午前4時ごろ、住所不定、無職、仲本文吉(36)を住居侵入脅迫の現行犯で逮捕した。調べによると仲本は美里村字知花。K子さん(30)が就寝中、雨戸をこじあけて侵入、K子さんに刃渡り十㌢ぐらいの短刀をつきつけ「おまえも殺して俺も死ぬ」と脅迫、屋外に連れ出したもの。

いかがでしょうか。アメリカ世時代のシージャ達のレベルの高さをご理解いただけたかと思いますが、ちなみに

これらの事件は同じ日の夕刊(昭和37年8月23日)

の三面記事です。

なお、この日の夕刊には(以前紹介した)桃色遊戯の記事も掲載されていましたので、改めて紹介します。

墓地で深夜の酒盛り / 那覇署 集団非行の少年少女補導

那覇署は二十二日午後十時すぎ那覇市識名で酒盛りをしていた那覇市与儀の高校生二人、同大道の女子中学生三年生、さらに男子中学生五人、無職少年一人(一七)計十人の少年少女を、識名青年団の応援を得て補導した。

調べではこのグループは根城にしていた那覇市内神原小学校に昼間集まりさらに識名の人目につかない墓地で深夜まで酒宴を開いていた。付近住民の訴えで寄宮派出所員が青年団の協力を求め一網打尽にしたもの。一味はこれまで深夜神原小学校で酒を飲んでいて補導されたことある少年たちで、盗み、傷害、家出、桃色遊びと非行の限りをつくすという無軌道ぶりだった(以下略)。

昭和37年も昭和40年も犯罪発生件数と犯罪発生率はほぼ同じなので、勝連の事件が起こった社会背景としてこれらの記事を紹介しましたが、現代と比較して

犯罪発生率が三倍以上の社会の物騒さ

にア然とします。それを踏まえて昭和40年4月の「刃物を持たない運動」について、次回言及します。