りうきう病の考察

平成28(2016)年5月から運営を開始した当ブログですが、気がついたらあっという間に4年が経過し、まもなく5年目に突入します。琉球・沖縄という地域史のジャンルの中で予想の斜め上をいく新たな発見の連続があり、そして当初の目標である1000記事発信が現実味を帯びてきました。

当ブログにおいて記事を書く際に心がけていることがあって、それは

1、「沖縄は差別されてきた」という被差別意識を頭の中から取り払うこと。

2、沖縄は冷戦の戦勝国である(ただし東アジアの冷戦はまだ終っていない)。

の2点です。上記の観点から琉球・沖縄史を語る識者はほとんどいないため、当ブログに掲載されている記事が異質極まりない内容だと感じる読者もいらっしゃるかもしれません。それだけ現代社会における琉球・沖縄史はモノトーン化されている状態と言えます。

琉球・沖縄の歴史は偉大なる伊波普猷先生の登場をもって2つの期間に分けることができます。すなわち伊波先生以前はいわゆる「王家の歴史」であり、伊波先生後は「民族の歴史」に区分されます。彼の天才によって琉球・沖縄史が民族史として飛躍的に発展したわけですが、その過程で見過ごすことのできない欠点が生じてしまいます。

伊波先生のモデルは実は単純で、大雑把に説明すると琉球諸島の住民をひとつの民族とみなして、その興亡を叙述することです。それ故に非常に分りやすく、彼が生きた時代にマッチした歴史観として当時の県人たちの圧倒的な支持を受けます。現代に生きる沖縄県民も多かれ少なかれ伊波先生が残した歴史観に影響されてますし、大交易時代のモデルも琉球民族の存在を前提に構築されています。

ブログ主が常々思うことに、

伊波先生をはじめ歴史学の先輩たちが前提とした琉球民族は本当に存在していたのか?

という疑問があります。その理由は民族の定義で一番重要なのが”連帯感”ですが、当時の王や王族と一般住民たちに果して”同じ民族”という共通認識があったのか、それが全く分からないからです。少なくともブログ主が調べた限りでは証明ができません。

これまで琉球・沖縄の歴史において民族の実在が問題視されたことがあったのか。これまたブログ主が知っている限りですが、ほとんどすべての著作・論説が琉球民族の実在を前提にしています。一例として大日本帝国時代の県人たちは王家や王族たちが残した伝統文化を”自分たちの文化”として継承します。これは尚王家や王族たちは琉球民族の代表である、つまり民族が実在していたという(無意識の)前提があって初めてできる業なんです。

「琉球民族はあくまで仮説であり、実在したかは証明ができない」と声を大にして唱えるのは野暮な行為にすら思えるほど琉球民族の存在は一般常識として扱われ、これに「沖縄は差別されてきた」という被差別意識が合体した歴史認識にどっぷり浸かると、もはや手がつけられない状態になります。ブログ主はこういう人たちを”りうきう病患者”と呼んでいます。

りうきう病のやっかいなところは2つあって、歴史を学ぶ原動力として一種の劣等感を利用することと、明治12(1879)年の廃藩置県以前の歴史において王家と王族など支配階級の言動にしか意識が向かないことです。そして気がついたら「民族差別を証明するための学問」として琉球・沖縄史が脳内で構築され、もはや治療不可能なレベルの劣等感の塊になってしまうのです。

我が沖縄においてりうきう病は新型コロナウィルス並みの感染力を持ち、いったん病気持ちになると治癒に非常な努力を要します。なぜ根治に困難を生じるのか、それは「沖縄は差別されてきた」という被差別意識を前提とした歴史記述があまりにも多いからです。つまり適切な治療法が見当たらないということですが、残念なことに当ブログは劇薬すぎて却って症状を悪化させてしまう恐れすらあります。近い将来我が沖縄に伊波先生に匹敵する天才が誕生し、そしてりうきう病の救い主になることを祈念して今回の記事を終えます。

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