沖縄の行政が本当に戦ってきた相手とは?

本日ブログ主は豊見城市字豊崎にある運転免許センターへ免許更新に行きました。(ちなみに金色の優良運転者講習です)。講習の際に配布された資料に面白いデータがありましたので掲載します。公益財団法人沖縄県交通安全協会連合会が発行した『安全のしおり』の12ページに、沖縄県の交通事故・自動車保有台数・人口・免許保有台数・道路実延長の推移データがありましたのでブログ主がその一部をアップします。

20170228

このデータで見ると、初めて自動車保有台数のデータが記載された昭和25年(1950)から現在にいたるまでの自動車保有台数の伸びが異常です。特に昭和35年から47年までの保有台数の伸び方がおかしすぎます。そしてそれに伴って道路インフラを急ピッチで整備したのがハッキリ分かります。

このデータだけでも昭和50年(1975)の沖縄国際海洋博覧会(EXPO75)の観客動員数が伸び悩んだ理由が分かります。自動車保有台数が復帰から3年間で8万台も増えたにもかかわらず、道路が80km程度しか拡張されていません。那覇空港から現地までのアクセスの悪さはこの統計からも察することができます。

これまで沖縄の行政が本当に戦ってきた相手(特に復帰後)は、基地問題なんかじゃなくて、際限なく増え続ける自動車保有台数に対していかに適切な交通インフラを整備するかの戦いであったと断言できます(現在進行中)。現に振興費(沖縄振興予算)を調べると、毎年道路などのインフラ整備に1500億円を投じています。社会インフラ(特に交通関連)に投じられる予算が減額すると、その時点で沖縄の物流は麻痺すること間違いありません。

だから沖縄県民の皆さんにブログ主は

「もう少し公共交通機関を利用、あるいは歩きましょう」

と訴えたいところです。そしてメタボを克復しましょう。そうすることで沖縄県が抱える財政問題の解決に大きく貢献できるのではと考えざるを得ません。

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