りうきうの “シージャ” たち

ここ数日、ブログ主は年末年始の恒例企画、「クリスマスには風俗記事」「三が日には沖縄ヤクザ記事」のネタさがしのため、手持ちの積み史料や沖縄県立図書館の新聞記事等をチェックしています。その過程で ” 突っ込まざるを得ない” 小ネタを多数ゲットしましたので、ひさびさに当ブログにて紹介します。

今回は昭和46年(1971)3月の琉球新報から、りうきうのシージャ(先輩)たちのやらかし記事を紹介します。令和の今日では後期高齢者にあたる世代のレベルの高さを是非ご堪能ください。

盗んだ車で走り出す

盗んだ車で当て逃げ / 米高校生追跡して二人を検挙

二日正午ごろ、宜野湾市志真志で、盗んだ乗用車を乗り回して追跡され、運行中の車に当て逃げした米人の高校生二人がつかまり、警本パトカーと普天間署員に引き渡された。いずれも十五歳の少年。当て逃げしたあとブロックベイに衝突、さらに逃げるところを民間人につかまったものだが、事故を起こした現場には近くの人たちや通りがかりのタクシー運転手らおよそ五十人がつめかけた。少年二人は普天間署に連行し調べを受けたあと、米軍憲兵隊に引き継がれた。(昭和46年03月03日付琉球新報朝刊09面)

一読してお分かりかと思われますが、アメリカ少年の不良行為に関する記事で、復帰前は珍しくもなんともない案件ではあります。ただしこの記事のポイントは太字部分「事故を起こした現場には近くの人たちや通りがかりのタクシー運転手らおよそ五十人がつめかけた。」であり、それはつまり事故を起こした米人少年を(状況次第では)

たっくるす(# ゚Д゚)

つもりだったこと間違いありません。事実、当時はアメリカ人のやらかしに対して地域住民が激怒して暴動まがいの状態になり、琉球警察が容疑者(アメリカ人)を保護のため拘束して米国側に引き渡すケースが散見されます。

ななじゅっぱーせんと

シンナー遊び準備中補導 / 名護で女子中校生六人

【名護】名護署は十二日午後四時ごろ名護市琉米文化会館裏あき地でシンナー遊びを始めようとしていた名護中校三年生の女生徒六人を補導した。同中校ではさいきん、生徒間にシンナー乱用が目立ち、同署ではさる二月からこれまでに三十人の乱用生徒を補導している。

この日補導された女生徒たちは、遊びを始めようとする寸前、警ら中の刑事がおさえ、持っていたシンナーとビニール袋を押収した。

「みんなやっている。全生徒の七〇%ぐらいがすった経験があると思う」

などと少しも悪びれたようすもみせず取り調べ官をあきれさせた。同署では、これまで補導した生徒の取り調べから同校ではかなりシンナー遊びが広範囲に行なわれているとみて取り締まりを強化する方針。(昭和46年03月13日付琉球新報朝刊09面)

説明不要、当時の名護のレベルの高さには驚きを禁じ得ません。なお、「沖縄県警察10年の歩み」によると、少年非行には病気と同じように “きざし” があるらしく、(当時の)不良ファッションについての記述がありましたので、参考までに紹介します。

名護で補導された女生徒たちも、このようなスガイ(恰好)をしていたのか、ちょっと気になるところです。

分散会

モーレツな男女高校生 / 集団で酒盛り恩納

【石川】石川署は十七日午後十一時ごろ恩納村前兼久のムーンビーチ海岸で酒盛りをしていた男女高校生二十五人を補導した。調べによるとこの日終了式後石川市内で分散会を持ち、一部が二次会に流れ酒盛りとなったもの。

石川署管内では三月になってから分散会の名目で高校生の飲酒喫煙が目立っている。さる一月恩納村のムーンビーチで中部の某高校卒業生約五十人が教師三人を交え酒盛りを開き石川署に説諭されたほか、同じ日に金武村で酒を飲んだ五人が教師の車で自宅に送られる途中、石川署員に見つかり説諭されている。

このことから同署は、さる十日学校関係者を集め、卒業期には生徒が解放感にひたり飲酒に走るケースが多いとして、関係者に警告していた。その後も改まっていないことから同署では今後未成年の飲酒をきびしく取り締まって行く方針。また、この二十三日には中学校の卒業式もあることから管内各中学校にも警告を出す予定。(昭和46年03月18日付琉球新報夕刊03面)

既にSNS上で同記事を先行公開しましたが、復帰前後から平成初期にかけて中学、高校時代を過ごした世代なら、

「分散会」あるいは「クラス会」、または「ビーチパーティー」が何を意味するか

お分かりかと(知らないとは言わせない)。そして、教師と飲み会するのは復帰前後からの慣習だったんだと変に納得しつつ今回の記事を終えます。

 

 

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