花柳病と傾城證文

先日、沖縄県立図書館で明治時代の琉球新報をチェックしていた時に、三遊郭(辻、仲島、渡地)の赤札娼妓についての記事が目に留まりました。”赤札娼妓”とは”性病持ち”を意味し、当時は若狭町に設置されていた若狭病院で定期的に検査が行われていました。

この記事を読んだときに、ブログ主は琉球王国時代に”傾城證文(けいせいしょうもん)”のお触れが出された理由のひとつが分かったので、今回当ブログにて紹介します。まずは伊波普猷著『沖縄女性史』より傾城證文に言及している箇所を書き写しました。読者のみなさん是非ご参照ください。

(中略)これから少しく傾城証文に就いて述べて見よう。『親見世旧記』に、かういふ面白い古文書がある

傾城慰御禁止證文之事

一 傾城御法度之證文、毎年十月朔日限り、四町與々より問役へ差出候得者、那覇役人引合仕取置候而、大與座江、那覇役人より一紙に相調、十二月朔日限に差出候、右證文調樣、十二月公事に相見得候事、

證文

一、跡々より傾城慰堅御禁止被仰付置候處、頃日詮議證文差出、彌常に御法度之筋相守、若與中に相背者於有之は早速可致披露候、且又五人與差引を以、毎十月朔日限に、證文那覇役人へ可差出旨、奉得其意候、依之五人與參會彌堅固に吟味仕候處、違背之者一人茂無御座候、若隱置於後日脇より露顯仕候はゞ當人は勿論、五人迄其沙汰可被仰付候以上

十月朔日 五人與 右士與證文

首里の士族も之と同文の誓約書を差出した。これが有名な傾城證文で、沖繩の士族は毎年十月朔日(ついたち)になると、五人與(=組)から一通宛認めて、役所に差出し、役所では之を一纒にして、政府(=王府)に差出した(下略)。

引用:伊波普猷著『沖縄女性史』133~134㌻より。

ちなみに證文の読み下し文は以下の通りです(ブログ主作成)。

証文 一、跡々より傾城慰め(=遊郭通い)堅くご禁止仰せ付けられ置きそうろう所、頃日(けいじつ=近日)詮議を遂げ證文差出し、いよいよ(=より一層)御法度の筋相守り、もし與(=組)中に相背くものこれ有りにおいては早速披露いたすべくそうろう、かつ又五人與への差引(=指示)を以て、毎(年)十月朔日(ついたち)限りに、証文那覇役人へ差出すべく旨、その意を得奉りそうろう、これによって五人與参会(=あつまり)いよいよ堅固に吟味仕り候所、違背の者一人もござなくそうろう、若し隠し置き後日において脇より露顕仕りそうろはば当人は勿論、五人までその沙汰仰せ付けられそうろう以上

大雑把に説明すると、傾城證文を五人一組で定期的(年一回)差出して、もし違反者がいた場合は連帯で責任を取らす趣旨になります。実効性があったかどうかは置いといて、なぜそこまでして王府が遊郭通いに対して厳しい措置を取ったのか。ブログ主は当時の社会において花柳病(=性病)の弊害が深刻だったのではと考えています。傍証として明治39年の琉球新報の記事をご参照ください。

三遊郭の赤札娼妓一覧

若狭病院に於て本年一月より去四月に至る四ヶ月間に三遊郭赤札娼妓の病状を類別すれば左の如し

▲辻遊郭

種別 一月 二月 三月 四月 合計
梅毒 5人 3人 2人 8人 18人
痳疾 76 54 68 47 248
軟性下疳 17 10 37
剝脱
傳染性皮膚病 14 20 51
トラホーム 26
通計 103 97 69 82 378

 

即ち四ヶ月間に於ける辻遊郭赤札娼妓の總數は三百八十七名にして其中にて痳疾(淋病)は二百四十八名の多全數を占め次は傳染性皮膚病(重に疥癬)其多數を占む而して四ヶ月間にて最も赤札娼妓の多きは一月なり

(中略)要するに四ヶ月間の三遊郭(辻、渡地、仲島)共に通じて赤札の原因となりしものは痳疾其最大數を占め次は傳染性皮膚病(重に疥癬即ち俗語のコーシ)か又は軟性下疳なり而して梅毒患者の如きは割合少なきが如し

引用:明治39年5月7日付琉球新報

当時の辻遊郭の総娼妓数は不明も、単純計算で88人が性病持ち、その中で痳疾(淋病)が66パーセントを占めています。一番恐ろしい梅毒感染者が全体の5パーセントの少数とはいえ、この数字は驚きです。

性病の蔓延はいまもむかしも社会にろくな影響与えませんし、士族(ユカッチュ)にとって最も屈辱であるお家断絶に至るケースすら考えられます。ペニシリンがない当時は有効な治療方法もなく、琉球王府が性病の蔓延に神経を尖らせていたことが傾城證文から伺うことができます。

表向きは親方だの由緒ある家系だの威張っていても、実は股間からの膿に悩む毎日を過ごしていた連中がいたのではと思うと気の毒な気分になりますし、華やかな三遊郭の裏面を垣間見ることでちょっと嫌な気分にもなったブログ主であります(終わり)。

【参考】月間沖縄社刊行『沖縄の遊郭』より、明治と昭和の那覇の地図を掲載します。

 

 

 

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