先月16日の辺野古沖転覆事故から間もなく1カ月になりますが、同事件が沖縄社会に与えた影響は大きく、それゆえにブログ主は地元紙の関連記事を逐一チェックしています。(米軍基地関連や南城市長案件に比べると)深堀りが足りないかなと思いつつも、沖縄タイムスや琉球新報の記事を比べることで、だいたいですが事件の全容は把握できました。
ちなみに同案件を深堀りできない理由は、事故の当事者であるヘリ基地反対協議会と沖縄2紙のスタンスが同じだからです。大雑把に説明すると、辺野古沖の転覆事故は「(国の代執行に伴い)辺野古新基地建設を急ぐ過程で起こった悲劇」であり、つまり亡くなられた女子高生と船長さんは「国策の犠牲者」と捉えているからです。それゆえにブログ主独断でまとめると
・事故の原因究明:(平和活動中における)安全管理を怠った面についてはこちら側にも非があるので、各関係機関に対して(原因究明に対し)真摯に対応する。
といった感じでしょうか。これは誇張でもなんでもなく、令和6年(2024)6月の名護市安和の事故の際の活動家たちの態度と一致しているのです。ちなみに安和のときは、知事を始めオール沖縄、新基地反対運動の活動家たちは「(前年の代執行により)国が工事を急がせるからこんな悲劇になった」との立場を押し通し、こんなネットミームまで誕生しています。
それゆえに今回の転覆事故でも同じパターンで対応したかったのでしょうが、今回は想定外の事態が発生します。それはご遺族の方がネットで直接情報を発信し、その中で(亡くなった娘は)国策の犠牲者であることを否定したからです。そしてそれは下記引用からも明らかです。
2. ヘリ基地反対協議会側の発言について(産経新聞の取材に対し)
「思いはきっと、『辺野古のこんな無謀な工事はやめてくれ』っていう意味で辺野古に来ていただいたと思うんですね」
適切な届出や保険の手続きすら欠いたままボートを運航し、知華の命を奪い、17人の生徒を海に投げ出し命の危険に晒すという取り返しのつかない結果を招いた、重大な責任を負うべき組織と行動を共にしている人が、知華をまるで自分たちの仲間であったかのように語ることは到底、許容できません。また、フラットな視点の平和学習で沖縄を訪れた学生たちであっても、今後は辺野古を訪れただけで自動的に反対活動への賛同者としてレッテルを貼られるのだということを知らしめた、極めて重要な発言です。
引用元:沖縄研修旅行の異様さ
この引用からも明らかなように(ご遺族の方は)辺野古沖転覆事故を “人災” と捉えており、ヘリ基地反対協のメンバーやオール沖縄会議の認識とは一線を画してます。つまりご遺族のネット配信によって(しかも産経新聞によって一面報道された)辺野古新基地反対運動に携わる活動家たちの “異質さ” が全国にさらされたわけであり、ハッキリいって成す術がない状態に追い込まれたのです。
参考までに沖縄二紙の報道から活動家たちの “認識” は表ざたにしたくない意図がハッキリ伺えます。沖縄タイムスは4月4日付25面でご遺族の方のネット配信を引用した記事を掲載しましたが、「2. ヘリ基地反対協議会側の発言について(産経新聞の取材に対し)」については
華麗にスルー
しています。琉球新報に至っては取り上げすらしません。そのかわり両紙ともネット上の誹謗中傷に対する継承を鳴らしっぱなしですが、これらの報道姿勢や “常識の違い” が今年9月に予定されている県知事選で “民意として反映” されること間違いなしと思いつつ、今回の記事を終えます。
