琉球・沖縄の歴史の概要その1

ここからは我が沖縄県民はどのような歴史を経て現在に至ったか、実に強引ですがPCとオペレーティングシステム(OS)そしてPCユーザーに例えて概要を説明します。

・PC=琉球・沖縄
・OS=政治・社会制度
・PCユーザー=歴代の権力者等。ユーザーと記載しましたがここでは所有者でなく主に利用者の意味で使います

琉球・沖縄の通史は17世紀中ごろに編纂された中山世鑑(ちゅうざんせいかん)を始めとしてそれこそ数多くの名著があります。現代ではインターネット検索で琉球・沖縄の歴史の概要を簡単に調べることも可能です。今更ですがブログ主も調子に乗って琉球・沖縄の通史を語ることから始めます。なお数多ある琉球・沖縄の通史および書籍でブログ主が参考にした文献はは以下記載の通りです。

・沖縄県政五十年:太田朝敷(1931)
・沖縄の歴史:比嘉春潮著(1959)
・沖縄歴史散歩:大城立裕(1980)
・昭和の沖縄:琉球新報社会部編(1986)
・ことばに見る沖縄戦後史(上・下):琉球新報社(1992)

では本題に入りましょう。琉球・沖縄の歴史上初めてPC(琉球・沖縄)にOSをインストールして利用したのは誰でしょうか。実在が確定している人物に限れば英祖くん*です。そのときにインストールしたOSをバージョン・エイソ*とでも名づけましょうか。PCは英祖くん亡き後は4人の利用者によって引き継がれます。

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*英祖王は1260年(正元2)に浦添を拠点に当時の社会を統治します。琉球・沖縄の歴史上で初めて本格的な税制が導入され政治権力によって社会を治めるシステムが確立します。英祖王統は5代90年続くも1350年(貞和6、正平5)に察度が中山王に即位したことで王統は途絶えることになります。

*沖縄一千年史(真境名安興著)には「(英祖が王即後)明年国中を巡行し、経界を正し井地を均しうす。是より穀禄平に、百度挙かると云う。當時未だ一定の賦税あるなく、国事あれば稲を徴せり。其の制人毎に一尺と為し、之を貢稲とせり。」との記述があります。

ただし残念なことに4代目のユーザーである玉城くん*がいろいろやらかしたおかげでPC利用者が3人に増える異常事態が発生*します。それが三山時代(1322~1429)で現在の今帰仁村にある今帰仁城を拠点にする北山くん*と、南城市大里に拠点を置く南山くん*の2人がPCの利用権を主張します(続く)。

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*本県歴史学のパイオニアである伊波普猷先生は中山国の支配領域は沖縄本島全域ではないと主張します。本ブログで最も参考にした沖縄の歴史(比嘉春潮著)で比嘉先生もこの主張に賛同しています。ブログ主も伊波先生の主張に賛同する立場ですがここでは敢えて従来の歴史観通りで話を進めます。

*玉城(たまぐすく)英祖王統4代目の王、在位は1314年から1336年までの21年です。琉球・沖縄の通史では暗君の代名詞として記載されるも、本当に暗愚だったかは不明です。

*山北王国(帕尼芝王統)は1322年から1416年まで続いた政治権力で3代の王によって沖縄北部の社会を統治します。帕尼芝は「はにじ」と読みます。

*山南王国(大里王統)は1314年から1429年まで続いた政治権力で5代の王によって沖縄南部の社会を統治します。

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