オールドメディアの呼称と沖縄二紙

今年も残すところわずかとなり、(毎年おなじみの)激動の一年もまもなく終わります。いろんなことがありすぎてあっという間に時間が過ぎ去りましたが、(これまた恒例の)来年はいい年になるよう想いを込めて今年1年の振りかえっている次第であります。

今年は既存メディアの凋落が誰の目にも明らかになった感があります。そして、そのことを象徴するのが令和07年10月15日付琉球新報社説「新聞週間始まる 信頼にこたえる報道に徹す」の中で、「隆盛を極めるネットメディアに対し、新聞やテレビは『オールドメディア』と呼ばれるようになった。」と言及した点です。既存メディアが紙媒体で自分たちの苦境を認めるのは珍しいと思いつつも、

日本新聞協会の調べによると、昨年2024年の国内発行部数は2661万部。10年前の14年から1875万部現象した。現象が始まる直前の2004年は5302万部であったから、20年間で2641万部の減少である。

の体たらくであればしょうがないかなと思わざるを得ません。

ではここで既存メディアの何が「オールド」なのかを考察したいのですが、ハッキリいって「購読者層が高齢者(elderly person)だから」の一言です。それゆえに現代のマスコミは高齢者に刺さるような紙面編成を行わざるを得ない状況にあります。

この点は沖縄二紙(沖縄タイムス・琉球新報)も同様であり、しかも新聞を購読する習慣は復帰前後に生まれた世代が最後になる現状、既存の購読者(いわゆる高齢者層)をターゲットに会社を運営しないといけませんが、ここで高齢者受けする紙面とはを深堀すると、

・沖縄戦の経験談(去年あたりから記事数が増えてきた傾向あり)

・在沖米軍基地問題

あたりでしょう。現在の沖縄のメディア(紙や放送含む)の報道方針は、アメリカ世時代の過渡期を経て、復帰前後に確立したといっても過言ではありませんが、主要な報道は「沖縄には在沖米軍基地問題がある」の命題に沿って記事内容が決まります。一例をあげるとNHK沖縄の20:45からのニュースは「沖縄の米軍基地」に関する報道が第一声と相場が決まっており、「沖縄がかかえる問題」を唱え続けるのが日課となっているすら感もあります。

だがしかし、在沖米軍基地の存在が問題か否かの感想は個人によって異なります。当然ながら「問題じゃない」と思っている沖縄県民もいますが、いったんその声を無視して、半世紀にわたって「米軍基地問題」を唱え続ける報道姿勢への反感がインターネットを通じて爆発したのが沖縄メディアが直面している現実で間違いありません。

しかも米軍基地問題を訴え続けるということは、既存の権力(政府や自民党、そしてアメリカなど)に対して常に強気の姿勢を取る必要があります。そうなるとどうしても “(昭和的な)上から目線” の記事になってしまいますが、その点も現役世代には極めて受け入れがたい、つまり沖縄二紙は

「沖縄には米軍基地問題がある」との命題に沿うような事実だけを報道する新聞社にカネを落とす必要はない

との最後通牒を沖縄社会から突き付けられているのです。

参考までに、ネット上で「沖縄メディアはちうごくの味方」云々の文言が飛び交ってますが、ハッキリいってこれは誤解であり、沖縄二紙は原則としてちうごく大陸の動向には「無関心」なのです。県内に一流のちうごく専門家がいないという側面もありますが、購読者層の「中国人嫌い」を熟知しているがゆえに積極的に取り上げられないお家事情があります。

よくよく考えてみると、仮に沖縄が中共支配下になった場合、オールドメディアの存在なんて “統治の邪魔” になります。真っ先につぶされること間違いないので、「大陸にはあまり関わりたくない」というのが本音なのかもしれません。

話は少しそれましたが、次回は沖縄二死が抱えるもう一つの問題について言及します(続く)。