芋の葉露(田舎生活)- その7

(七)文明の風潮は多少村落生活の中にも染みこみ宴会抔も自ら新旧三様の風あり。新風の宴会は天長節とか新年とか云ふ折に開かるゝものにてこれは云はゞ公会の性質を帯びたるものなれば旧態の宴会と云(いわ)〔く〕の趣を異にするのは当然の事なり。さてこの宴会は村事務所に会し豚豆腐抔の煮しめを肴とし泡盛を飲んで楽しむまでにて三味線を弾じ鼓をたゝくが如きことはなし。

然るに私の宴会即ち個人の慶事の時には客は長幼又は身分の高下に依りて座列を定め、皿のかはりに芭蕉葉又はユーナ樹の葉に肴を盛りて賦(くば)りカラ〱と称する饅頭形の瓶に泡盛を容れ四方盆を称ふる杯台に小さき杯を乗せてだす。さすれば上席のものより飲み順序に廻はせば各手酌にて飲む。輪環又輪環且つ食ひ且つ飲み肴尽き興酣(たけなわ)なるに至れば座の中央を奇麗に片づけ若者達がひく三味線に浮かれて老若男女交る〱起つて舞ふ。時に或は本県的の茶番狂言を演ずるものもあれば棒踊を演ずるものあり。この間四方盆とカラ〱は矢張輪環しつゝあり。斯くして深更(しんこう)に到り興尽きて退散するを常とす。

平素の生活には貧富その差はなけれども家宅の新築又は婚礼誕生等の宴に至りては著しき差異あるものなり。馳走と云ふても豚、豆腐、素麵、泡盛に過ぎざれども何を言ふにも少なくも一村の老幼を引受くることなればその費用は随分少なからざるなり。

所に依りては若者共の間に一合どりとか云ふて月一二回位ひは銭を出し合ひ酒を買ふて茶盌にて平等に分配し一夕の酔を買ひ酔に乗じて例の渋張三味線を弾じ急絃乱舞の裡に一日の労を慰むることあり。斯る単純なることも田舎にては一の小宴なり。

村落に於て男子に欠くべからざるものあり。そは椰子の実の酒器也。これは藤を以て装飾し携帯に便なる樣に造れり。小なるものは壱二合を容るべく大なるものは六七合を容るべし。物観の場所に出づるときは男子は必ずこれを携帯す。その場所にて知人に逢へば必ずこれを差し出す。他も亦自身携帯の椰子を差出す。これ野外に於ける献酬(けんしゅう)の礼にして彼等の交際道具の重なるものなり。或田舎は〔普〕通戸々少くとも一個の椰子の実を有せりと云ふと予に語れり。

中産以上の家に於て存外贅沢と思はるゝものは乗馬と馬具に金をかくることなり。一方にその生活の状況を見、一方に乗馬と馬具を見ばこの不釣合なるには誰も一驚を喫するならん。或は三百余円の乗馬を飼ふ者あり。今日にては二百円に余る乗馬は田舎にて十頭を超ゆるならん。百五六十円のものは普通の乗馬なり。乗馬にして二百円近きものとなれば農業抔にも一切使役せずその用は全く乗用一方なり。田舎にて乗用一方に使役する為めに二三百円も金を投ずるは随分奇異の感あれども彼等は此処の馬寄せ彼処の競馬乗り出して見物人の視線をひくを以て無上の快事とし且つ無上の名誉とす。さりとてこれ等の者は馬術に熟達したるものとか或は又馬術熱心家かと云へば左にもあらず中には高価の馬を飼ひ置きながら手縄のすばき(=さばき)方さへ知らず他人に乗せて楽しむ者さへあり。(明治34年1月25日付琉球新報)

【原文】

文明の風潮は多少村落生活の中にも染みこみ宴会抔も自ら新舊三樣の風あり新息の宴會は天長節とか新年とか云ふ折に開かるゝものにてこれは云はゞ公會の性質を帶ひたるものなれば舊態の宴會と云〔く〕の趣きを異にするは當然の事なりきさてこの宴會は村事務所に會し豚豆腐抔の煮しめを肴と志泡盛を飲んて樂しむまでにて三味線を彈し鼓をたゝくが如きことはなし

然るに私〔の〕宴會即ち個人の慶事の時は客は長幼又は身分の高下に依りて座列を定め皿のかはりに芭蕉葉又はユーナ樹の葉に肴を盛りて賦りカラ々々と稱する饅頭形の瓶に泡盛を容れ四方盆と稱ふる杯臺に小さき杯を乘せて出すさすれば上席のものより飲み順序に廻はせは各手酌にて飲む輪環又輪環且つ食ひ且つ飲み肴尽き興酣なるに至れば座の中央を奇〔麗〕に片づけ若者達がひく三味線に浮かれて老若男女交る〱起つて舞ふ時に或は本縣的の茶番狂言を演するものもあれは棒踊を演するものありこの間四方盆とカラ々々は矢張輪環しつゝあり斯くして深更に到り興尽きて退散するを常と□□。

平素の生活には貧富その差はなけれども家宅の新築又は婚禮誕生等の宴に至りては著しき差異あるものなり馳走と云ふても豚、豆腐、素麵、泡盛に過ぎざれども何を言ふにも少なくも一村の老幼を引受くることなれはその費用は随分少なからざるなり

所に依りては若者共の間に一合とりとか二合どりとか云ふて月一二囘位ひは〔錢〕を出し合ひ酒を買ふて茶碗にて平等に分配し一夕の醉を買ひ醉に乘して例の澁張三味線を彈し急絃乱舞の裡に一日の勞を慰むることあり〔斯る〕單純なることも田舎にては一の小宴なり

村落に於て男子に缺くべからざるものありそは椰子の實の酒器也これは藤を以て裝飾し携帶に便なる樣に造れり小なるものは壹二合を容るべく大なるものは六七合を容るべし物觀の塲所に出つるときは男子は必すこれを携帶すその〔塲所〕にて知人に逢へは必〔ず〕これを差し出し他も亦自分携帶の椰子を差出すこれ屋外に於ける〔獻酬の禮にして〕彼等の交際〔道具〕の重なるものなり或田舎は通戸々少くとも一個の椰子の實を有せりと云ふ〔と〕予に語れり

中產以上の家に於て存外贅澤と思はるゝものは乘馬と馬具に金をかくることなり一方にその生活の狀况を見一方に乘馬と馬具を見はその不釣合なるには誰も一驚を喫するならん或は三百餘園の乘馬を飼ふ者あり今日にては二百圓に餘る乘馬は田舎にて十頭を超ゆるならん百五六十圓のものは普通の乘馬なり乘馬に志て二百圓近きものとなれは農業抔にも一切使役せずその用は全く乘用一方な〔り〕田舎にて乘用一方に使役する爲めに二三百圓も金を投ずるは随分奇異の感あれども彼等は此處の馬寄せ彼處の競馬乘り出して見物人の視線をひくを以て無上の快事とし且つ無常の名譽とすさりとてこれ等の者は馬術に熟達したるものとか或又馬術熟心家かと云へは左にもあらず中には〔高價〕の馬を飼ひ置きながら手繩のすばき方さへ知らず他人に乘せて樂しむ者さへあり

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