宜野湾民の俺が調子に乗って浦添市長選について語ってみた件

今回は当ブログにしては珍しく時事ネタを提供しますが、先日8日に投開票が行われた浦添市長選挙について言及します。既報でご存じかと思われますが現職のまつもと哲治候補が1万票の差をつけて伊礼ゆうき候補(無所属)に勝利しました。

今度の浦添市長選は前回(平成29年度)と比較すると、投票率は微増、松本市長は前回と比べて2000票余りの差をつけての当選です。つまり浦添市の有権者は現職市長の実績を高く評価しているのです。

ブログ主は生粋の宜野湾民であり、浦添市の政局には言及する資格はないことを承知も、今回の選挙でいくつかの気付きがありましたので、試しに当ブログでまとめてみました。読者のみなさん是非ご参照ください。

令和vs昭和の戦い

令和03年度の浦添市長選で印象的、というか異色極まりなかった案件は浦添軍港移設反対を唱える伊礼ゆうき候補を玉城デニー知事が支援したことです。ご存じの通り玉城知事は軍港移設賛成、しかも早期移設を唱えていますが、選挙戦ではこの点を封印して伊礼候補を支援していました。

つまり “政策面は棚上げにして、とりあえずオール沖縄の一員として伊礼候補を支援する” という水面下の合意があったことをうかがわせる動きですが、ハッキリ言ってこの手の身内の論理がそのまま外部に通用すると思っているのが痛すぎます。

今回の玉城知事と伊礼陣営の動きは典型的な昭和の発想です。具体的には “ウチ・ソトの論理” が対立すると、躊躇なく“ウチ” を選択する行動様式で、昭和の時代ならいざ知らず、令和の時代はこのパターンでは勝てないことを今回の浦添市長選は証明したのです。

身内の理論が最優先であることは、本日(9日)撮影の放置された違法ポスターからもうかがえます。過去3度の浦添市長選挙において、まつもと哲治候補にこのような行為あったか、ブログ主が知る限りでは聞いたことありません。

そして、オール沖縄の本質が県民政党ではなくて “階級政党志向” であることも再確認できました。具体的には一部支持者のための政治団体に成り下がってしまったのです。この点は故翁長雄志氏の遺志に明らかに反しますので、今後政治団体としてオール沖縄が存続するのは極めて厳しいと痛感します。

目的と手段の入れ替わり

今回の浦添市長選挙におけるまつもと哲治候補の目的は明確でした。誤解を恐れずにハッキリ言うと “公約撤回の是非を問う” になります。そして公約撤回とは浦添軍港の移設案件で、初当選した平成25(2013)年では移設反対を公約として掲げていたことはよく知られています。移設反対を唱える対立候補に大差で勝利したことで、浦添の有権者は松本市長が公約を撤回した経緯を了承したと判断できます。

対する伊礼ゆうき候補陣営の動きは、ブログ主から見ると選挙に立候補することが目的であり、当選後のビジョンは不明瞭だったといわざるをえません。実際に敗戦の弁として伊礼候補は「選挙戦の始めから最後まで、市民が軍港問題について議論できたことはすごく重要なことだ」と述べていますが、つまりホントの目的は “立候補の結果、軍港問題を議論に乗せること” だったのです。

これは典型的な目的と手段の入れ替わり案件であり、今回の選挙ではその点も浦添市民から見すかされていたのです。そして新聞紙上で言及されているような知名度不足うんぬんの問題ではなく、

出馬動機が不純であること

これが伊礼ゆうき候補の最大の敗因なのです。

いかがでしょうか。以上が今回の浦添市長選挙で痛感した点ですが、結論は昭和の時代の発想のままでは令和の選挙は勝ち抜けないことです。そして松本市長は沖縄における平成→令和の政治家における “デ・ファクト・スタンダード(事実上の基準・見本)” になったと断言できます。今後の彼の活躍には期待せざるを得ません。

ただ一つ注文をつけるとしたら ”将来の知事候補” という雑音には惑わされないよう3期目を全うしてほしい点です。すでに一部新聞紙上で「自民 知事選へ弾み / 松本候補に期待も」との題字が掲載されていましたが、”持ち上げて落とすのが世間の常” なので、この手の戯言は華麗にスルーし、浦添市長としての責務を全うすることを切望して今回の記事を終えます。

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