琉球藩の時代 その10

~琉球藩当時の社会構造 その2~

150年前の琉球王国の状況が今の北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)にそっくりだと言うと苦笑いして無口になるケース、あるいは顔を真っ赤にして反論するケースなど人それぞれに反応が異なります。国が貧しかったのは事実も北朝鮮を引き合いに出す程ではとの指摘もあるでしょう。

幕末から明治初期において琉球王国(あるいは琉球藩)が貧しかったのは薩摩藩の長年にわたる搾取が原因だと主張する人もいますが、その説は真っ赤な嘘でむしろ薩摩藩への貢租義務を口実に琉球王府の百姓へ取った政策が結果として社会を極貧の状態に貶めてしまったのです。

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琉球藩の時代 その9

~琉球藩当時の社会構造 その1~

1872年(明治5)に琉球国王尚泰は明治天皇により琉球藩主に封じられます。これによって琉球王国も琉球藩としてリスタートするのですが、では当時の社会はどのような状況だったかを簡単に記述します。

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琉球藩の時代 その8

~廃藩置県が現代の歴史家に過小評価されている3つの理由 その3~

3つ目の理由は沖縄県人の手で琉球王国時代の負の遺産の解消ができなかったからです。自分たちの手で改革ができなかったコンプレックスは想像以上に強力で、現代でもこの劣等感か解消されているとは言えません。

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琉球藩の時代 その7

前節で大日本帝国時代に行った改革がアメリカ軍の占領行政の時代になってようやく効力を発揮したと記載しました。これは日本本土と同一の制度を施行したことによる結果、近代法とは何かを沖縄県人が理解していた故にアメリカ軍の復興政策が大成功を収めたことを意味します。

特に重要なのは所有と契約の概念で、廃藩置県後の琉球人は上級士族も含めて所有や契約の概念がまったく理解できませんでした。土地整理事業(1899~1903)の際に当時の農民たちに土地の所有とは何かを理解させるために沖縄県庁および明治政府側は、各間切に出張所を設けて係員を派遣し、農民たちに土地所有の意義を一から説明して改革を断行します。

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琉球藩の時代 その6

前節まで廃藩置県直後の旧慣温存政策について長々と記述しました。本題である「廃藩置県がなぜ現代の歴史家に過小評価されている3つの理由」に戻りますが、1つ目の理由は琉球藩の時代その2で述べた通り当時の琉球人が日本本土と同一の制度を施行することを望まなかったからです。前ふりが長い気がしますが、琉球藩の時代はこの話題を終えてからにします。

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琉球藩の時代 その5

前回までに代表的な旧慣制度について説明しましたが、廃藩置県後に明治政府は旧来の制度を温存して沖縄県を統治します。これら措置は当時の時代状況を振り返るときわめて正しい措置です。沖縄県政五十年(太田朝敷著)において著者は当時の清国と日本の力関係が沖縄県における抜本的改革が遅れた理由であると看做して近代化の遅れを激しく批判しています。

実際に廃藩置県から日清戦争前の国力は清国>>>>日本でしたので、太田先生のご意見はごもっともですが、明治政府側が急激な改革を断行することによる社会的混乱を恐れたことも見逃すことができません。2代目県令の上杉茂憲氏(1881~1883)が当時の沖縄県の疲弊に衝撃を受けて抜本的改革を政府に提案しましたが、実際に改革が施行したら悲惨な結果になったこと間違いありません。

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琉球藩の時代 その4

前回の記事で琉球王国(あるいは琉球藩)の時代の旧慣(作付制限、土地制度)について説明しました。今回は税制と法律(内法)について述べます。

3.税制:琉球国の税制は尚真王の時代(在位1477~1527)に確立します。その詳細の説明は省きますが、1609年(慶長14)の薩摩入り後に一部税制が改正されます。納税単位を個人から村に変更したのです

税制の変更は前述した地割の制度の本格運用と密接に関連していますが、ただし税率に関しては各間切の間で不均等な状態を改正することはありませんでした。薩摩に収める貢租に関しては統一ルールがありましたが、琉球王府および間切や村を所有する地頭あるいは地方役人に対する課税は各地方によってバラバラで、そのため税率に著しい不均等が生じてしまったのです

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琉球藩の時代 その3

~旧慣温存について~

琉球・沖縄の歴史において1879年(明治12)の廃藩置県後の旧慣温存政策は何かと批判的に記述される傾向があります。では「当時の旧慣とは何ぞや?」と問われて即答できる人はあまり多くはいないでしょう。現代の歴史教科書に詳しく記載していないのが原因ですが、ここでは当時の代表的な旧慣について説明します。

旧慣温存とは琉球王府の時代に施行された政策、具体的には土地制度や税制などを指しますが具体的な例を4つほどあげます。

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琉球藩の時代 その2

~廃藩置県が現代の歴史家に過小評価されている3つの理由 その1~

1つは当時の琉球人が政治・社会のドラスティックな改革を望んでいなかったからです。当時の琉球社会の上級階級である有禄の士族、あるいは廃藩置県で失業した下級士族が新政府によい感情を抱くことはありません。

実は人口の多数を占める農民たちもドラスティックな改革を望まなかったのです。廃藩置県後に上級士族に対する課税が全廃され、税負担が大幅ダウンしたことによって当時の農民は新政を大歓迎します。ただし内法*地割制度*に代表される琉球国時代に完成した社会秩序の改革までは歓迎しなかったのです。

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琉球藩の時代 その1

ここ数日高校野球ネタばかり記事にしていて本ブログの趣旨である琉球・沖縄の歴史の記事がなかなかアップされていませんでした。夏の甲子園沖縄予選の決勝も終わったので、本題である歴史の話題に戻ります。今回から琉球藩から大日本帝国の沖縄県に至るまでの歴史(1872~1879)を簡単に記述しますが、これまでの歴史家が記述する否定的な内容とは一線を画する内容になります。

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