下地幹郎氏が “結果を出す政治” を実践した結果

先日行われた宮古島市長選挙で現職が落選し、ひさびさにオール沖縄陣営が湧いていますが、それに絡んでブログ主は “下地幹郎氏” のこれまでの “実績” で打線を組んでみました。政局ネタ好きの読者のみなさん、是非ご参照ください。

1番ショート 平成17(2005)年の第44回衆議院総選挙(郵政選挙)の際に沖縄1区から無所属で立候補。現職の白保台一さん(公明党)をやぶり、小選挙区で初当選。なおこの結果をうけて白保さんは引退に追い込まれる。

2番セカンド 平成24(2012)年4月5日、国民新党の亀井静香代表と消費税増税関連法案で対立。代表抜きの党所属議員6人で議員総会を開き亀井氏を党役職から解任。なお自民党の石原伸晃幹事長(当時)は「人の道というものがある。(国民新党は)亀井静香代表がここまで公私に渡ってバックアップしてきた党だ。自分たちが連立に残りたいからと言って、クーデターを起こした。私利・私欲党だ。」というコメントを発表。

3番投手 平成26(2014)年11月16日に行われた沖縄県知事選挙の際に無所属で立候補。見事落選し、現職の仲井眞弘多候補の落選、およびオール沖縄陣営の翁長雄志氏の当選をサポートする。

4番捕手 平成26(2014)年12月14日に行われた第47回衆議院選挙では、維新の党公認で沖縄1区から出馬。結果的に保守分裂選挙を再現し、現職の國場幸之助氏の落選、そして赤嶺政賢氏の当選をサポート。しかもご自身は比例復活当選を果たす。なお日本共産党が小選挙区で議席を獲得したのは沖縄1区だけである。

5番センター 令和元(2019)年、IR(統合型リゾート)にからみ中国企業からの現金受取が発覚。翌2年1月7日に維新の党に対して離党届を提出するも受理されず。日本維新の会は “除名の上、議員辞職勧告” というガチ処分を下す。なおご本人は現在にいたるまで議員活動に励んでいる模様。

6番ファースト 平成16(2004)年7月11日に行われた第20回参議院議員選挙において、無所属で立候補した糸数慶子さんを支援し、自民党県連がガチ切れ(ちなみに糸数さんは保守系候補を破って当選)。自民党県連が下地氏に対する除名処分を党中央に上申する騒ぎに発展。参考までに下地氏が自民党を離党したのは翌年の平成17年である。

7番サード 平成18(2006)年11月19日に行われた沖縄知事選挙の際に、糸数慶子候補を支援し、見事落選に導く。

8番ライト 平成14(2004)年11月14日に行われた那覇市長選挙の際に、現職の翁長雄志候補の対抗馬である高里鈴代さん(革新系)を支援し、見事落選に導く。

9番レフト 平成25(2013)年、大阪維新の会と「辺野古推進」で政策協定を締結し、従来の反対の立場を翻す。

補欠

・令和03(2021)年1月17日に行われた宮古島市長選挙において、現職の下地敏彦氏を支援し、見事落選に導く。

・平成30(2018)年9月30日に行われた沖縄県知事選挙の際に、保守系候補の佐喜眞淳氏を支援し、見事落選に導く。

死神伝説

・所属した国民新党は平成25(2013)年3月に解党した。

・平成29(2017)年10月22日に行われた第48年衆議院選挙では沖縄1区の選挙区内に小池百合子さんのポスターを立てまくり希望の党との連携をアピールも、同党は翌年5月7日に解党。

・かつて所属していた日本維新の会は、令和2(2020)年11月1日に行われた大阪都構想の是非を伴う住民投票の否決の結果を受けて、同日に松井代表が大阪市長満了時をもっての政界引退を発表。

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