要請とスーグリー

先月28日の沖縄タイムス一面に、「小中学高校来週から休校」との題字で政府が全国の小中学校、高校および特別支援学校に対して臨時休校を要請した旨の記事が掲載されてました。

ブログ主はこの記事を一読して、瞬時にある沖縄方言が思い浮かびました。高嶺朝光著『新聞五十年』から該当部分を抜粋しますので、読者の皆さんぜひご参照ください。

そのほかにスーグリーという言葉がある。スーは総、グリーは御辞儀・・・。初期の県会議員選挙のさいに、村々の有志が村民をムラヤー(村事務所)に集めて候補者の相談をした。「誰々を推そう」と有志が切り出すと、ツルの一声で村民いっせいにスーグリーだ。ボスを中心に盲従する態度...一般の無自覚、知識ていどを示したのがスーグリーである。(中略)

引用:高嶺朝光著『新聞五十年』140~141㌻より

首里・那覇方言音声データベースにも記述がありますが、スーグリーとは「一斉に御辞儀をする」が原意で、そこから転じて地域のボスあるいは権力者の言動に対する”盲従”を意味します。それを踏まえた上で、2月28日の沖縄タイムス一面の題字をご参照ください。

ちなみに同日の関連記事は極めて丁寧に記述されていて、今回の休校要請が地域社会に与える影響について詳しく言及してます。そこでブログ主が疑問に思ったのは題字のつけ方で、なぜ「小中学高校来週から休校」と断言したかです。

この時点ではまだ”要請”なのです。上記の題字のつけ方の場合、要請と命令の区別が曖昧になってしまい、「一斉休校」など読者にあらぬ誤解をも与えてしまいます。せっかく関連記事で詳しく記載しているので残念だと思った次第ですが、よくよく考えてみると、このような題字をつけた理由はおそらく

・沖縄県民は権力者の要請を命令と受け取ってしまう習性がある(と編集局が思っている)

・沖縄タイムス社内に上層部の要請を命令と受け取ってしまう風土がある。

のどちらかで間違いないでしょう。スーグリーは言い換えると事大主義、昭和の時代なら”空気の支配”、そして現代なら”同調圧力”でしょうか。たしかにそのような県民性があることは否定できませんが、それはあくまでも個人の情報の取捨選択の自由が制限されていた時代のお話です。ブログ主は現代を生きる沖縄県民が権力者の要請と命令の区別を曖昧にするほどお馬鹿だとは思えません。

一例として中山よしたか(石垣市長)のツイッターを紹介します。

今回の政府の休校要請案件は、民間の反応をみるといろいろ考えさせられるところがありましたが、要請と命令の区別が曖昧な人物(およびその団体)の言動は適当に聞き流してもいいというのが結論です。そして我が沖縄も(権力者の言動に対しては)スーグリーの時代ではないことをもう少しマスコミは理解してもいいのではと痛感したブログ主であります(終わり)。

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