戦後から復帰前までの沖縄を舞台に「戦果アギヤー」をヒーローにした青春小説「宝島」が、沖縄県内で異例の大ヒットを飛ばしているようで、沖縄県立図書館にも貸出予約が殺到しているようです。
直木賞「宝島」、読めるのは3年後!? 沖縄県立図書館に予約殺到
残念ながらブログ主はまだこの小説を読んでいませんが、昭和 20 年から 27 年ごろにかけての”戦果”の実態についてはある程度把握してますので、今回蒐集した史料の一部を公開します。注意点として現代人にも読みやすいように記事の旧漢字は訂正し、必要に応じて句読点も追加しました。あと印刷つぶれの箇所は無理に推測はせず●で表記してます。ホントは怖い”戦果”のお話、読者のみなさんぜひご参照ください。
続きを読む
平成30年(2018年)10月6日付の “Number Web” に “プロ野球選手の昔の風格が凄かった!衣笠祥雄の秘蔵写真とカメラマン秘話” と題したコラムが掲載されてましたが、その中の全日空ボーイング737機のタラップから降りてくる広島東洋カープの選手たちの写真を見たときに、ブログ主は最初絶句その後爆笑してしまいました。
続きを読む
気が付くと当ブログも今回で 600記事の配信となりました。平成28(2016)年5月19日から開始して2年余り、よくぞここまで続けることができたもんだとちょっと自分を褒めつつ、目標の 1000記事配信まで気合を入れて頑張ろうと決意を新たにした次第であります。
今回は600記事配信企画として、明治時代の鬼女のお話を紹介します。明治31(1898)年8月29日から3回にわたって琉球新報にて連載された『ツミジュリの情夫狂い』と題する物語で、現代の”鬼女速”に掲載されているような内容です。ただし現代ではあまり使われない用語が複数ありましたので、ブログ主でいくつか説明すると、
続きを読む
今回の突っ込まざるを得ないシリーズは、昭和24年から25年にかけて『うるま新報』に掲載された記事をピックアップしました。沖縄戦後のドサクサで社会秩序が混乱していた時期らしく、じわじわくる事件が満載です。秀逸なのがタイトルの付け方で、この点は現代の記者よりも優れているのではと思います。読者のみなさん、ぜひご参照ください。
続きを読む
突っ込まざるを得ない記事シリーズも5回目になりますが、今回は明治時代の琉球新報から選りすぐり?の記事を掲載します。当時の新聞をチェックすると雑報として地域のニュースが報じられていて、これがなかなか面白く不覚にもブログ主ははまってしまいました。その中から無駄に文章がうまく、なおかつツッコミどころ満載の記事を書き写しましたので読者の皆さん是非ご参照ください。
続きを読む
以前、当ブログにて琉球・沖縄の歴史上で確認できる限り最初に文字が読めた女性について言及しました(琉球・沖縄の歴史上最も偉大な女性の思い出話)。今回は『琉球新報』あるいは『沖縄県史 – 資料16、女性史新聞資料明治編』を参考に、同時代に文字が読めたであろう女性について記事をまとめてみました。
続きを読む
今回は昭和15年(1940年)8月25日付沖縄朝日新聞の記事を紹介します。これは支那事変3周年を記念した特集号で、当時の沖縄社会の様子が写真つきで掲載されている一級の史料です。そのなかに『職場より戦線へ!』と題して沖縄朝日新聞社の社員さんの集合写真が掲載されていました。それと支那戦線で奮闘している兵隊さんたちへのメッセージもあり、ブログ主が全文書き写しましたので読者の皆さん是非ご参照ください。
続きを読む
今回は昭和38(1963)年の琉球新報社会面を中心に “突っ込まざるを得ない記事” の特集です。当時の記事を参照して痛感するのはアメリカ世時代の琉球住民と現代の沖縄県民との意識の違いです。
続きを読む
本日は昭和37年(1962)12月27日付の琉球新報から興味深い記事を見つけましたので紹介します。現代と同じくアメリカ世時代も「歳末助け合い運動」が実施されていて、二千五百㌦の寄付金が集まったニュースが報じられていました。ブログ主が全文を書き写しましたので、早速ですがご参照ください。
(注)当時の1㌦は360円で、それに約4倍すれば現在価格と見做すことができます。
続きを読む
今回の突っ込まざるを得ない記事シリーズは、昭和37年から38年にかけて大問題になった “少年非行” に関する記事を取り上げます。琉球新報の社会欄を参照すると、連日のように少年少女の非行に関するニュースが報じられ、昭和38年には計7回の特集記事まで掲載されていました。
続きを読む
今回も突っ込まざるを得ない記事について言及します。昭和37(1962)年の暴力団抗争を調べるために当時の琉球新報の社会面をかたっぱしからチェックしたところ、現代人のセンスからはとても考えられない記事がわんさと見つかりました。
続きを読む
今回はゆるい話題を提供します。昭和20年から37年までの新聞(うるま新報、琉球新報)をチェックすると、現代基準からすればツッコミを入れたくなる記事が数多く見受けられます。ブログ主が確認できただけでも10以上の記事(および広告)があり、今回はその中からえりすぐり(?)の4つを紹介します。読者の皆さん、是非ご参照ください。
続きを読む
今回は昭和27年(1952)4月28日、サンフランシスコ講和条約批准の日における瀬長亀次郎氏のコメントを掲載します。不屈さんこと瀬長亀次郎氏関連の史料をチェックして印象的なのは、威勢の良い発言の場合には決まって何か”ウラ”を感じることです。そして今回の平和条約に対する瀬長さんのコメントや当時の新聞を参照すると面白いことに気が付きました。瀬長さんのコメント全文を書き写しましたので読者の皆さん、是非ご参照ください。
続きを読む
今回は昭和27(1952)年11月14日付琉球新報に掲載された社説「琉球と現実」について言及します。ブログ主が確認した限りではありますが、ここまで沖縄県民の本質をズバリ指摘した言説はちょっと見当たりません。昭和27年当時とはいえ現代の沖縄県民にも通ずる内容で、当時の言論人のレベルの高さを伺い知ることもできる貴重な史料です。
続きを読む
本日ブログ主は何気に昭和27年(1952年)10月の琉球新報記事をチェックしていたところ、一際目を引く記事を発見しました。当ブログは平成28年(2016年)5月19日に開始して2年以上経過、その間数多の史料を閲覧および記事として配信してきました。その中でも今回発見した記事は最高レベルのスクープであること間違いありません。ブログ主が知る限りでは初めて確認した案件です、読者の皆さん是非ご参照ください。
続きを読む