突っ込まざるを得ない記事を紹介するシリーズ – 明治編

突っ込まざるを得ない記事シリーズも5回目になりますが、今回は明治時代の琉球新報から選りすぐり?の記事を掲載します。当時の新聞をチェックすると雑報として地域のニュースが報じられていて、これがなかなか面白く不覚にもブログ主ははまってしまいました。その中から無駄に文章がうまく、なおかつツッコミどころ満載の記事を書き写しましたので読者の皆さん是非ご参照ください。

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県民投票をめぐる一連の騒動に関して思うこと

平成31年2月24日に実施予定の”辺野古米軍基地建設のための埋め立ての賛否を問う県民投票(以下県民投票)”において、すでに地元マスコミ等で報じられている通り、宮古島市、宜野湾市、沖縄市が不参加を表明しました。

この案件は当初ブログでは取り上げるつもりはなく、その理由はブログ主が法律の素人でうまく説明ができないからですが、良かれと思っての企画が結果的に悪い方向に進む典型例でもありますので、この点を中心に記事としてまとめてみました。読者のみなさんぜひご参照ください。

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琉球・沖縄の歴史で文字が読めた最初の女性についての再考

以前、当ブログにて琉球・沖縄の歴史上で確認できる限り最初に文字が読めた女性について言及しました(琉球・沖縄の歴史上最も偉大な女性の思い出話)。今回は『琉球新報』あるいは『沖縄県史 – 資料16、女性史新聞資料明治編』を参考に、同時代に文字が読めたであろう女性について記事をまとめてみました。

現存する最古の『琉球新報』明治27年12月16日付によると、明治21年に創立した那覇高等小学校が同27年3月に暴風被害にあい、そして同年12月に再建したとの記事があります。その落成式が12月15日に行われ、その際の女子部総代による祝詞(しゅくし)が掲載されていました。全文を書き写しましたので紹介します。

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昭和天皇崩御三十年に思うこと

本日(1月7日)は昭和天皇崩御から30年です。ブログ主は毎年この日が訪れるたびに悔やまれるのが、復帰直後の天皇行幸が実現しなかったことで、当時の沖縄県民の抱える被差別意識を払しょくする最大のチャンスを逃してしまったことです。『屋良朝苗回顧録』を参照すると、天皇行幸のチャンスは二回あり、一つは昭和47年11月26日の植樹祭、もう一つが翌年5月に開催された若夏国体です。両イベントともに天皇・皇后両陛下のご臨席を慣例としていましたが、沖縄の特殊事情を鑑みて両陛下をお迎えすることなく開催されました。

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號問慰軍皇 – 輯特回二㐧

今回は昭和15年(1940年)8月25日付沖縄朝日新聞の記事を紹介します。これは支那事変3周年を記念した特集号で、当時の沖縄社会の様子が写真つきで掲載されている一級の史料です。そのなかに『職場より戦線へ!』と題して沖縄朝日新聞社の社員さんの集合写真が掲載されていました。それと支那戦線で奮闘している兵隊さんたちへのメッセージもあり、ブログ主が全文書き写しましたので読者の皆さん是非ご参照ください。

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新春企画 – コザ吉原社交街の現在

本日(1月2日)、ブログ主は沖縄市美里一丁目(コザ吉原社交街)の散策に出かけました。いまや旧真栄原社交街と同じく廃墟と化していましたが、アメリカ世および昭和の名残をとどめている数少ない場所でもあります。今回の訪問で一番驚いたのは、正月用のしめ縄を飾っている店舗をほとんど見かけなかったことです。なお撮影した写真はバックライトを強めに加工していますが、現在のコザ吉原社交街の雰囲気を十分醸し出していると思います。読者のみなさんぜひご参照ください。

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蔡温時代の人民 – 1952年1月1日付琉球新報より

今回は元日企画の一環として、昭和27年(1952年)元日の琉球新報の記事を紹介します。那覇市地区教育長の眞榮田義見さんが18世紀ごろの琉球王国の住民たちの生活について言及していますが、ハッキリ言って「グロ注意」の内容です。正月そうそうこんな話題もどうかと思いましたが、琉球王国の実態を把握する史料の一部として当ブログにて紹介します。

原文はすこし読みづらい部分がありましたので、ブログ主の現代語訳およびカッコ書きで西暦などを追加しました。あと原文で判読できない部分は●にて表記しました。ご了承ください。

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蔡溫時代の人民 – 眞榮田義見

正月休みの炉辺の話題になつたらという積りで標題の事を旧こうの中から二三を拾ろい集めてみる。

世界は人民に依つてのみ成立し発展して来たのに人民は過去に於いて不当にしいたげられていた。人民が自由をかち得たのは近世になつてからの事で、近世史は庶民と封建勢力との血の斗争を示している。沖縄の歴史も支配者の政●史支配の歴史は今まで教えられて来た。

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新春 – 俺が調子に乗って今年最初の〈大弦小弦〉を予測してみたよ

あけましておめでとうございます。旧年中は当ブログをご訪問いただきありがとうございます。本年度も読者の皆様のご期待に沿うよう質の高い記事を配信する所存であります。旧年同様変わらぬご愛顧の程よろしくお願いします。

さて、本年最初は調子に乗って新年度の沖縄タイムスの名物コラム〈大弦小弦〉の予測記事を掲載します。去年に一度予測記事を書いてみましたが、やはり”本物”には遠く及ばないことを実感しました。らしさを前面に出すと(タイムス独特の)無理やり感が無くなり、無理やり感を前面にだすと、今度は文章のリズム感がおかしくなります。前回の反省を生かしつつ”らしいコラム”を作成しましたので、読者の皆さん是非ご参照ください。

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「基地反対」のレトリック

平成30年(2018年)も残り少なくなりました。今年は今回を含めて208記事を配信しましたが、よくこれだけネタがあったもんだと我ながら感心している次第です。そして〆の記事はちょっと真面目に「基地反対」について言及します。ちなみにこの言葉が一般化したのは昭和43年(1968年)の主席選挙からで、当時の社会大衆党・社会党・人民党が屋良朝苗候補を擁立する際の「統一綱領」として「基地反対」を唱えたことがキッカケです。この件に関しては屋良さんの証言がありますので、是非ご参照ください。

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