ソ連の裏と表 ⑽ – 走り続ける囚人列車 – 終着駅は墓場あるのみ

(十)南京虫のいる御殿 中継監獄は他の監獄よりは食物が若干よくなる。ここでも話は食物の事が主で夫々自分の行って来た監獄の食事のよしあしを比較し、次の行先を楽しみ(?)に語り乍ら日を送る。囚人に対して行く先は絶対に言わないが自分の行く先については囚人特有の感覚で感じ取る。

続きを読む

ソ連の裏と表 ⑼ – 中継監獄と囚人列車

中継監獄というのは、ソ連独特の監獄でおそらく他の國にはその例がないと思う。余りにも多くの囚人を持っている國だからその必要があるのだと思うが、苦しい中にも考え様によっては一番ソ連らしい味のある面白い所である。

続きを読む

ソ連の裏と表 ⑻ – 取調べは役人まかせ – 一片のパンに千秋の思い

(八)大豆の一粒 ソ連の監獄の食事は、朝黒パン五百五十グラム(両の手で丁度握れる位の大きさ)と砂糖九グラム(角砂糖一個コ位)が各人に渡され、白湯が監房内に運び込まれる。規定では七五グラムの雑穀と二百グラムの野菜が与えられることになっているが、昼と夜に配ばられる湯のみ一杯位のスープの中には、わずかに雑穀のトギ汁みたいなあとが見られるのと青いキャベツの漬物が時たま浮いている程度のものである。

続きを読む

ソ連の裏と表 ⑺ – 不思議な監房の解放感 – 自分の煙草を吸って他人に礼をいう

ソ連には監獄の種類が三つある。普通の都市には二種の監獄が必ずある。内務省の監獄と保安省の監獄がそれである。もう一つは原語でペレスイルナヤ、チユルマという。通訳はないが私達はそれを中継監獄と呼んでいた。これは各都市にはないが大きな都市で交通の便のよい所におかれてある。幸か不幸か私は拘留間に各所とも十分しみじみとその情緒を味う機会があった。ソ連の監獄についてわずかな紙面ですべてを言いつくすことは出来ない。

続きを読む

ソ連の裏と表 ⑹ – 廣き門は”監獄” – お互にコワイ・政治的警戒心

(六)広き門 ソ連の憲法では一応保証があって、裁判は民事、刑事訴訟法に従って成立することになっている。検事は任命で判事は選挙である。特に変っている様に思われるのは、特別裁判と呼ぶ欠席書類裁判のあることである。これがクセモノで國家的重罪犯はこの特別裁判に付する事を得る、となっているが、実際には重罪と思われる事件は現地で即決し、証拠不十分で折角逮捕した者を釈放するのは惜しいと思う時は、勝手に都合のよい調書を作り上げてモスコーの特別裁判に回す。

続きを読む

ソ連の裏と表 ⑸ – 形ばかりの交戰の犠牲としては – 余りにも不当な戦犯

(五)戦犯 裁判が公正に行われるか、どうかということは、その國において人権がいかなる程度に尊重されているかという端的な証左となる。私が戰犯の名の下に二十五年の懲役の宣告を受け、囚人としてソ連に強制抑留されていたのだが、どのようにして戰犯は作られたか、先ず私自身の場合から話してみよう。

続きを読む

ソ連の裏と表 ⑷ – 全能の共產党に盲從 – 皮肉な声”一切の自由から解放された”

(四)【自由からの解放】 ソ連は一九三六年発布のスターリン憲法で市民に、出版、言論、集会、結社、信仰の自由を保証する旨明示してある。ところが実際にソ連の市民はそれだけの自由を享有しているのだろうか? 私の見たところでは、おそらくソ連ほど不自由な國はないと思われる。

続きを読む

ソ連の裏と表 ⑶ – きりつめた市民生活 – 肉や砂糖はめったにない

(三)【市民生活】 終戰直後のソ連の疲弊状態は、非常にはなはだしかった。一九四五年入ソ当時、私はこれが戰勝國なのだろうか、と驚く反面よくこれまで我慢して戰ったものだ、と感心したものだった。衣食住ともに極度に不足している態だったから、満洲にある日本人の財産は何でも欲しがった。目に見えるもの、手にふれるものは、すべて彼等にとってはめずらしい貴重なものであった。

続きを読む

ソ連の裏と表 ⑵ – 陰の声…第二の農奴制 – 極右と極左は同じ結末

(二)ソ連とは ソ連正しくはソビエット社会主義共和國連邦ということである。ロシア共和國、ウクライナ共和國、白ロシア共和國、ウズベック共和國、カザフ共和國、グルジャ共和國、アゼルバイジャン共和國、リトワニア共和國、モルダビア共和國、ラトビア共和國、キルギース共和國、タジック共和國、トルコメン共和國、アルメニア共和國、エストニア共和國、及びカルロヒン共和國の十六ヶ国からなる連邦である。

続きを読む