あいろむノート – アメリカ世時代の犯罪統計を再チェックした結果

前回の記事で、「あいろむチェック」と題して復帰後の米軍人・軍属による犯罪発生件数について考察しましたが、その際に蒐集したデータを基に、今回はかつて公開した「我が沖縄社会の犯罪統計を調べてみた結果」のセルフ検証記事をアップします。

ちなみに、令和02年(2020)1月20日にアップした同記事は “現代の史料” を基にアメリカ世時代の犯罪発生率を算出しましたが、今回は琉球警察が編集した犯罪統計を利用して改めて犯罪発生率を算出しました。なお、参照した史料は以下の通りです。

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あいろむチェック – 米軍人・軍属の犯罪発生件数編

ここ数日、ブログ主は昭和47年(1972)の新聞記事をチェックしていますが、印象的なのが(現代に比べると)米軍人たちのやらかしがとにかく酷い件です。この年の(県内の)犯罪発生率は大雑把に言うと現代の3倍ぐらいですが、それにしても同年だけで加害者米兵、被害者沖縄県民の殺人事件が4件も発生してますので、当時の人達が「米軍は諸悪の根源」と叫びたくなる気持ちは理解できます。

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「基地問題」の変遷

ここ数日、ブログ主は昭和47年(1972)12月の新聞記事をチェックしています。復帰前後のりうきう・おきなわ社会の様子を推察するには、やはり公開情報、とくに “社会の本音” が伺える事件を重点的に調べていますが、その過程で我が沖縄における「基地問題」の変遷について思いつきましたので、今回試しに記事にまとめてみました。読者のみなさん、是非ご参照ください。

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りうきうの “シージャ” たち

ここ数日、ブログ主は年末年始の恒例企画、「クリスマスには風俗記事」「三が日には沖縄ヤクザ記事」のネタさがしのため、手持ちの積み史料や沖縄県立図書館の新聞記事等をチェックしています。その過程で ” 突っ込まざるを得ない” 小ネタを多数ゲットしましたので、ひさびさに当ブログにて紹介します。

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ロックとコザ(1994)川満勝弘(愛称:カッちゃん)編 – その23

□ヘビのステージング 辺野古のステージでは、ハブでやっていたし、コザ方面ではアカマターとかニシキヘビでやっていましたよ。

人間には怖いという感覚がありますが、怖いというのや苦手なものというのには、けっこう私はむかっていくタイプなんですよ、私も怖いから。

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ミュージックバーで “香味スパイス” をキメた話

先日(27日)、ブログ主は沖縄県立図書館に赴く途中、気になるのぼり旗が目に留まり、ついうっかり来店しランチを済ませてきました。ここ数カ月はチェーン店での外食のみ、 “意識高い系ランチ” は実にひさびさだったので、当ブログにてグルメレポートとしてまとめてみました。B級グルメ好きの読者のもみなさん、是非ご参照ください。

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主催者発表の考察

今月24日付沖縄タイムス1面によると、「台湾有事」を念頭にした軍備増強に反対する初めての大規模集会「全国連帯!沖縄から発信しよう!11.23県民平和大集会」(主催・沖縄を再び戦場にさせない県民の会)が(同月)23日、那覇市の奥武山公園陸上競技場で開かれ、約1万人(主催者発表)が参加したとのことです。

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勤労感謝イブの日にサンタさんがやってきた話

本日は勤労感謝の日なので、本来ならゆっくり過ごしたいところですが、残念ながらブログ主は忙しい一日となりました。その代わりと言ってはなんですが、前日に歴史的建造物への “潜入” を兼ねつつ、リフレッシュタイムを満喫してきました。

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(続)あいろむノート

本日付(11月21日)沖縄タイムス5面オピニオン(以下読者投稿欄)をチェックした際、すごく気になる投稿を目にしました。それは、「国の冷酷さ 軽便鉄道で知る」と題した那覇市在住の購読者からの投稿で、内容は同月6日付沖縄タイムス1面「大弦小弦」に対する反響投稿です。

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平和教育の “原点”

3年前の令和02年(2020)、「平和教育の致命的な欠点」と題した記事を掲載したところ、予想の斜め上を行く反応がありました。3年後の今日に改めて該当記事を読み直しつつ、今回は別の視点から沖縄の平和教育の “原点” について考察します。

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ロックとコザ(1994)川満勝弘(愛称:カッちゃん)編 – その22

□エスカレートするステージ 私たちが客席にこの🐔を投げつけたりすることは、まだ簡単なことです。私たちは、ステージの上でセックスするんですよ。考えられませんよ、本当に。これは一度だけ、最初で最後ですけど、セックスというよりなんというか、アメリカ人の女性とすっぽんぽんになってステージの上で抱き合って、セックスまではしなくて、愛の戯れをやったことはあるわけです。その間演奏は泊めないで、ずっとそれにマッチしたアメリカの音楽をやるんです。

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ロックとコザ(1994)川満勝弘(愛称:カッちゃん)編 – その21

(続き)そのころ、私たちは音楽ではもう勝っているので、これだけ米兵がいっぱい集まってきてもあんまり私たちに物を投げなくなっていましたが、そのだめ押しをしようというわけです。

でも、そのかわり自分たち同士ではテーブルをひっくり返したりして騒ぐので、そこで経営者は「静まれ」といってカウンターの後ろに置いてある空気銃を「バーン」と撃ったりするような、それぐらいの店でしたよ。

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ロックとコザ(1994)川満勝弘(愛称:カッちゃん)編 – その20

□チビの加入と脱退 また(アメリカでレコーディングするとき)、紫のチビ(宮永英一さんのこと)が「カッちゃんアメリカ行くんだってな、僕も入れてくれ」といって来たんです。「アメリカに行って試してみたいよ。紫でも行けなかったしさ、紫解散してしまうし、コンディション二回目だろ、お願いカッちゃん、俺何でもやるから連れてってくれ」とチビがいうので、「おまえ本当にじゃエツーと仲良くしろよ」といったのに、

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魂の叫びだけが愛と平和を勝ち取る(笑)

10月末から11月に入って、ブログ主はこれまで蒐集した “積み史料” の整理に追われています。そのためブログ更新も若干遅れ気味になってしまいましたが、たまった史料をチェックしている最中に「ピースフルラブ・ロックフェスティバル」について気が付かされた件があり、試しに記事を作成しました。

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