目覚めた “琉球人” の考察

前回の記事 “琉球人と二重思考” の中で、補足として「琉球人」のワードについて言及しました(下記参照)。今回はこの点についてとある名護市議のツイートを参照に、調子に乗って考察しますので、読者のみなさん是非ご参照ください。

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琉球人と二重思考

前回の記事において、喜屋武幸雄さんの証言を元に、アメリカ世時代における琉球住民の「二重思考」について言及しました。今回は、令和05年07月12日、13日付琉球新報に掲載された野村浩也氏の論文「制度的差別を問う ㊤㊦」を元に、現代における「二重思考」について考察します。

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二重思考とりうきうの考察

前回の記事 “二重思考とりうきう独立芸人” において、ブログ主は小室直樹著『日本の1984年』を参考に、りうきう独立芸人たちの行動様式を考察しました。その際に言及した「二重思考」が、りうきう・沖縄の歴史を分析するツールとして極めて有用なことに気がついたので、今回は沖縄県民(特に高齢者)が一番突っ込まれたくない部分について調子に乗って言及します。

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ロックとコザ(1994)川満勝弘(愛称:カッちゃん)編 – その18

□アメリカでレコーディング 一九七〇(昭和四五)年にアメリカでレコーディングしようということで、ワーナーブラザーズの映画会社にレコーディング部があって、そこのスタジオでやりました。

これは、「デージだったよ(すごかったよ)」というディズニーランドでバカ受けした噂が日本にまできているんです。それで、キャニオンレコード会社から「イッター(君たち)はアメリカにむいているから、トォー・アンシェー・イッター(さあそれなら君たちの)レコーディングはアメリカでやれ」といわれ、二枚目のLPレコードはアメリカのワーナーブラザーズのスタジオで無事レコーディングを済ませたんです。

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ロックとコザ(1994)川満勝弘(愛称:カッちゃん)編 – その17

□ディズニーランドで演奏 私たちが最初にアメリカに行って公演したのは、何年のことだったか覚えていないのですが、新聞に載っていたと思いますよ。アメリカのディズニーランドにある大きな野外劇場で、ジャパンフェスティバルというものがあったんです。テレビはNHKしか入れないということでした。

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ロックとコザ(1994)川満勝弘(愛称:カッちゃん)編 – その16

□クビと再加入 喜屋武幸雄の「マリーWITHメデューサ」のバンドと「コンディショングリーン」の二つでやっていた「サウンドシティー」が一年以内に閉鎖したあと、私が金武のむこうでやっていたときに、ミュージシャンとミュージシャンじゃない私との違いが出てきました。

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ロックとコザ(1994)川満勝弘(愛称:カッちゃん)編 – その15

(続き)私は「エー・オーナー、ヤーヤ・テー(あんたはね)、今はさ・ワッター(俺たちの)バンドはベースの中も、野外で万座ビーチとかでイベントすると、アメリカー・ター・ワーラナイ・アチマイ・クトゥ・ヤー(アメリカーたちがいっぱい集まって来るしさー)、最近は日本人も三分の一コンサートに来るからよ、アメリカー・ター・ビカー・アラン・ドー(アメリカーたちだけじゃないよ)。どこでもいい、とにかく場所がボーリング場があったんじゃないか、映画館とか。一番ボーリング場ぐらいの広さがいいと思うよ」とオーナーにいったんです。

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ロックとコザ(1994)川満勝弘(愛称:カッちゃん)編 – その14

□基地内でバンド活動 さすがに金網の中までは縄張り料を取りにこないだろうと思って、私たちは同じメンバー(コンディショングリーン)で、基地の中をずっとまわってやっているわけです。

そしたら、ヤクザが「アッター・マーンカイ・ンジャ・ガ(あいつらはどこに行ったのか)」と探していたそうですが、「アッター解散サンドォー(あいつらは解散したよ)。派手によ、ステージの上で喧嘩して解散したみたいヤッサー(だよ)」ということを聞いて、「あのバンドォ・ナー・ネーン・バー(あのバンドはもうないのか)」といっていたそうです。

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ある有名な野球選手の兄弟がいまして

ご存じのとおり当運営ブログでは、今年の4月21日から「ロックとコザ」の川満勝弘編(愛称:カッちゃん)を不定期連載しています。ただし、カッちゃんの証言は時系列があいまいなところがあるので、これまた不定期ながら沖縄県立図書館に出向いて、裏付け史料を集めています。その際についうっかり沖縄ヤクザなど複数のじわじわくる記事を発見したりするわけですが、今回は「ロックとコザ」の喜屋武幸雄編からきわめて興味深い証言と、その裏付け(らしい)史料を見つけましたので、(時効だからいいだろうと思いつつ)当ブログにて紹介します。

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令和の時代のおける沖縄高校野球のトレンド

先月17日から開幕した第105回全国高等学校野球選手権記念沖縄大会(以下夏の県予選)について、ブログ主は25日の球陽vs首里(コザしんきんスタジアム)をはじめ、今日までに8試合を現地で観戦しました。

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ロックとコザ(1994)川満勝弘(愛称:カッちゃん)編 – その13

(続き)そして、演奏中にこれで大げんかしているわけよ。メンバーの一人が「ンマ、ウングゥ・トゥー・ンディ・イチャ・サニ、何回・ワンネー・イチャガ・ヤーン・カイ(ここは、こんなっていっただろ、俺は何回いったかお前に)」というと、あと一人が「アレー・ヤーガ・ウング・トゥー・シェー・カラ、ワンガ・チガトォール・フージー・ナイシェ、ワンネー・アットォー・シガ・ヤーガ・ウングゥ・トゥー・スクトゥ、ワンガ・マチガ・トォーン・フージー・ナインバー・ヨー、何回・ヤー・イレー・ワカイガ、ウマァ・ウング・トゥシ・ノーシ・ドー・ンディ・イチャ・セー(あれ、お前がこんなしたら俺が違っているみたいになるだろ、俺は当たっているけどお前がこんなするから俺が間違っているみたいになるわけよ、何回お前にいったらわかるの、ここはこんなして直せっていっただろ)」というふうにベースとギターでやり合ったんです。

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ロックとコザ(1994)川満勝弘(愛称:カッちゃん)編 – その12

□演奏中に大げんかを「演出」 そして、一〇年ぐらいたってからまた暴力団がやってきて「カッちゃん、クゥンドー・ワッター・トー・チガイン・ドー。クゥンドー・イッター・ヌガーラサン・ナー(今度は俺たちと違うぞ。今度はもうお前たちも逃げられないぜ)」というので、私が「ヌーガ、ヌーンチ(何が、何でよ)」と聞くと、「クゥンドー・ヤマトゥ・カラ・チョーン・ヨー・ヒャー(今度はヤマトから来てるんだぜ)と暴力団がいうんです。

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「功」から「勲」から「功」へ

去年の大晦日に “「勲」から「功」へ” と題した記事をアップし、その中で羽地功さんの経歴について言及しました。その中で「もしかしてご存じの方もいるかもしれませんが、旭琉会には八重山出身の大物がいます。その名は羽地功さんで、ブログ主が確認した限り、昭和47年3月8日付琉球新報夕刊3面記事が彼の全琉デビューになります。」と言及しました。

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