先日ブログ主が史料チェックしている際に、めんそーれは「造語」だった?と題した琉球新報のWeb記事を見つけました。その内容に興味を覚えたブログ主は(ファクトチェックも兼ねて)沖縄県立図書館で関連史料を確認しているうちに興味深いことに気が付きましたのでためしに当ブログにまとめてみました。方言ネタ好きな読者のみなさん、ぜひご参照ください。
具志川の謎
今回はひさびさに真面目な古琉球ネタをアップしますが、「おもろさうし」などのりうきう古典をチェックするたびに地名の難読さに辟易しているブログ主であります。一例をあげると「宜野湾」はGinuwann(ジ・ヌ・ワン)と読ますために「きのわん」と表記し、現代ではzinooN(ジノーン)と読むので、(かつて試みた)勝連のように強引に語源を推測することすら困難を覚えます。
【高校野球】俺が調子に乗って招待試合を観戦した結果www
先日ブログ主は令和8年度第55回招待試合(以下招待試合)を観戦しました。今年はセンバツ準優勝の智辯学園が来沖し4試合を消化、沖縄県勢(沖尚、エナジック、興南、名護)の4チームが対戦し県勢2勝1敗1分けの好成績で終了しました。
【速報】俺が調子に乗ってすずらんのラーメンを解禁した結果www
先日、にっぽん地理チャンネル【ゆっくり解説】と題したYouTubeの中で、沖縄県発の消滅危機チェーン10選の中にこだわりらーめんすずらんが取り上げられていたのを見て驚いたブログ主は、本日那覇メインプレイスの店舗に凸してきました。
辺野古沖転覆事故の教訓
3月16日に起きた辺野古沖転覆事故について、ブログ主は沖縄2紙の記事を中心に精力的にチェックしていますが、事件から2カ月たった今日においても(事件に関連した)炎上案件が出てくる異例の事態になっています。
参列は取材目的でしたが…(その2)
(続き)ご存じの通り、ここ最近の沖縄2紙は辺野古沖転覆事故のニュースが盛りだくさんですが、ブログ主は先月25日の旭琉會の糸数真会長の葬儀に参列した記者のその後が知りたくで、ほぼ毎日のように琉球新報を購入してチェックしました。
いま悪事を働いてます
既にご存じの読者もいらっしゃるかと思われますが、本日(21日)はユニオンスカラうるま店のオープン日なので、ひさびさに「速報企画」として開店初日の凸レポをまとめてみました。
平和活動と二重思考
今回はちょっと予定を変えて2015年の研修旅行と題した「note」についてブログ主なりの見解をまとめてみました。既にチェック済の読者もいらっしゃるかと思われますが、2015年3月の講演の際の磯野直氏(沖縄タイムス)の講演後のQA(質疑応答)について疑問を呈している箇所があります。
その箇所を引用すると
参列は取材目的でしたが…(その1)
既にご存じの読者も多いかと思いますが、先月25日に沖縄市で執り行われた糸数真旭琉會々長の葬儀に関して、琉球新報の記者が個人名で参列していたことがちょっとしたニュースになっていました。なおこの案件について、琉球新報社は「参列は取材目的でしたが、適切な行為とは言い難く、事実関係を詳細に確認した上で、厳正に対処します(令和8年5月3日付23面)」とコメントし、遺憾の意を表明しています。
【追悼】糸数真會長の経歴(4)
(続き)今回からは平成23年(2011)11月27日における「旭琉會(ぎょくりゅうかい)」の誕生からの糸数會長の経歴を紹介します。ただしここからは公開された情報が極めて少ないため、沖縄2紙のお悔やみ広告など限られた史料を元に作成してますのでご了承ください。
【追悼】糸数真會長の経歴(3)
(続き)前回の記事において、出所後に沖縄旭琉会に復職した糸数さんについて言及しましたが、第六次沖縄抗争(1990.9~1992.2)から10年以上を経過したころには、(当時分裂していた)沖縄旭琉会と三代目旭琉会との幹部交流が再開します。その流れで糸数さんと三代目旭琉会沖島一家に所属していた知念秀視若頭との付き合いが始まり、最終的には狩俣重三さん(沖縄旭琉会功揚一家若頭)も含めて五分の兄弟分となります。
※このあたりのエピソードは「旭龍」からの引用になりますが、必要に応じて他史料も参考にしています。
【追悼】糸数真會長の経歴(2)
(続く)前回の記事において、糸数真會長の青年時代の経歴について言及しましたが、今回は皆さん(特に党運営ブログの読者であれば)ご存じの昭和57年(1982)10月9日未明の多和田真山旭琉会会長(当時)射殺事件について触れます。
【追悼】糸数真會長の経歴(1)
今月19日早朝、沖縄市諸見里の4代目富永一家の事務所にて火災が発生し、身元不明の遺体が発見されたとの報道はご存じかと思われますが、後にその遺体が糸数真會長であったことが判明し、沖縄はおろか全日本のアングラ界に衝撃が走りました。
間抜けな “戦士” たち
先月16日の辺野古沖転覆事故に関する記事のアップし続けたのが影響したのでしょうか、最近気分が重たい感があるので、今回は気分転換がてら “スカッと爽やかな” 60年前の沖縄ヤクザ関連の記事をアップします。
“常識が違う” の考察
先月16日の辺野古沖転覆事故から間もなく1カ月になりますが、同事件が沖縄社会に与えた影響は大きく、それゆえにブログ主は地元紙の関連記事を逐一チェックしています。(米軍基地関連や南城市長案件に比べると)深堀りが足りないかなと思いつつも、沖縄タイムスや琉球新報の記事を比べることで、だいたいですが事件の全容は把握できました。










