りうきうのおとなのおもちゃ店

本日24日は(ご存じの通り)クリスマス・イブですが、今回は毎年恒例の “じわじわくる風俗記事” を紹介します。今年は昭和47年に我が沖縄の歴史上はじめて “おとなのおもちゃ店” が摘発された記事を紹介します。

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売春の実態探る / 夜の「吉原」(1)

【コザ】「更生保護政策の裏付けのない売防法の実施は無意味だ」。花柳街として広く知られるコザ市、美里村にまたがる特殊婦人の町「吉原」からは何の保護措置も受けないまま夜の女たちが新しい生活を求めて毎日のように1人、2人と姿を消していく。一方管理売春業者は「転業の見通しはないし、女には逃げられるので全くお手あげだ」とボヤク。

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県民を売る者

今日は昭和45年(1970)12月20日の “コザ暴動” から51年目を迎えましたが、前年度とちがいマスコミ等での取り上げ方が極めて少ないように見受けられます。

うかがった見方をすれば、去年行った一連の企画が予想以上の不評を買ったのかもしれませんし、あるいは(大手マスコミにとって)もはや「用無し」として取り上げる価値がなくなったのかもしれません。

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昭和47年5月当時の物価(風俗含む)

ここ数日ブログ主はクリスマス前後にアップする予定の史料をチェックしていますが、その際に極めて興味深い新聞記事を発見しました。昭和47年5月の琉球新報ですが、復帰直後の物価値上げに関する貴重な記述が見つかったのです。

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おきなわのゆるい喫茶店 – 茶暮里(さぼうる)

先日ブログ主は那覇市内久茂地地区をぶらっと散策中に、以前から気になっていた喫茶店に立ち寄ってみました。那覇市内には昭和の香り漂う喫茶店が多数現存していますが、今回紹介する “茶暮里(さぼうる)” もそのひとつで、地元では結構人気ある喫茶店と聞いてます。

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軍事基地があるから戦争に巻き込まれる

今回は(ブログ主が思うに)我が沖縄でいちばん誤解されているであろう命題について言及します。ここ数年の離島地域(与那国・宮古あるいは北大東島)への自衛隊誘致に関して、その配備に反対あるいは増強に対して反対する人たちの言い分をチェックすると、

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満韓旅行雑感(下)/ 中学生生徒 又吉康和

◎朝鮮人は 白衣(麻○絹)を着、異様の帽子を戴き、何んとなく神代ゆきたる感あり。朝鮮鞋(=靴)又甚だ面白し。士族以上の女は頭より衣服を被(かぶ)り居れり、之又甚だ異様に感じぬ。始めて来たる日本人が遠望して「扨ても朝鮮は美人多き所よ」と思ひしに、よく見れば痘痕(朝鮮は痘痕の多き由)あとにて失敗せし話ありと〔云ふ〕。彼等は常に長き(三尺ばかり)烟管(えんかん=キセル)を持てり。あゝ之れ彼の国民をして懶情(らいだ)不活発となせし一原因か!

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古琉球の深淵 – おぎやかの謎(3)

(続き)尚円王妃である彼女はりうきう・おきなわの歴史において特別な存在です。その理由のひとつが「おぎやか」の名称で、ブログ主が知る限り “童名(わらびなー)” で呼ばれてきた歴史的人物は彼女一人だけです。

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古琉球の深淵 – おぎやかの謎(2)

(続き)前回の記事で「りうきう・おきなわの歴史上で童名(わらびなー)に “おぎやか(神の血縁者)” と名乗った人物はたった一人しかいない」と指摘しました。童名については改めて言及するとして、今回は史料上に残された名前から彼女の正体を考えてみます。

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我が沖縄で全国1コロナが蔓延した理由……

本日付(11月25日)沖縄タイムス1面に “玉城知事、再選に意欲 – 新振興モデル模索へ “ との見出しで、玉城知事が来年秋に予定されている知事選に関して、再選への強い意欲を示す旨のインタビュー記事が掲載されていました。(沖縄タイムスプラスでは “「私への評価は県民の皆さんがすること」沖縄のデニー記事、再選に意欲” の見出しで、無料記事が配信されていました)

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復帰協が残した教訓 – その4 結末

(続き)過去3回の記事において、復帰協の経緯と凋落の原因についてブログ主なりの意見をまとめてみましたが、今回はさらに深掘りして、なぜ復帰協が沖縄社会から(急速に)フェードアウトしたかについて言及します。

ブログ主が確認した限りですが、復帰協の活動方針には明らかな共通点があり、それは

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復帰協が残した教訓 – その3 凋落

(続き)今回は昭和35年(1960)年4月28日に発足した復帰協の活動が、復帰後に凋落の一途をたどった件について言及します。昭和49年(1974)12月26日付琉球新報朝刊9面に衝撃的な記事が掲載されていましたので全文を書き写しました。

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復帰協が残した教訓 – その2 経歴

(続き)今回は、宮里松正著『米国支配27年の回想』から昭和35(1960)年4月28日から昭和46年(1971)11月10日までの復帰協に関する年表を作成してみました。

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