アフターコロナの沖縄社会

今月7日の沖縄タイムス経済7面に気になるニュースが掲載されていましたので紹介します。”コロナで観光客625万人減ると・・・” の題字で新型コロナが県経済へ及ぼす影響の試算記事ですが、予想の斜め上をいく衝撃的な数値が公表されていました。

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組織暴力団 – 火を吹く抗争 ③ 抗争事件の底流〈下〉

沖縄連合旭琉会が結成されたのは昭和45年12月8日。沖縄は念願の祖国復帰を目前に控え、各界の復帰対策が進められていた。組織暴力団も例外でなく、復帰対策を練った。その結論が沖縄連合旭琉会の結成だった。これまで血なまぐさい対立抗争を繰り返してきた那覇派と山原派が過去のことをすべて水に流し、大同団結、復帰後予想される本土広域暴力団の沖縄進出を阻止することになった。

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組織暴力団 – 火を吹く抗争 ② 抗争事件の底流〈上〉

暴力団抗争事件の底流にあるのは何か。ひとつひとつの抗争事件が、次の事件へのいきがかりとなり、さらに新たな事件の引き金となっていく。報復が報復を呼び、憎しみだけがどす黒い血となって流される。

互いの憎悪が抗争事件を次から次へと生み出しているが、その本当のきっかけは県警もつかんでいないようだ。結局、抗争事件の現象から推測するほかはない。

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イッターカラ・サチニ・クルサイヤー

そういえば先ほど気がついたのですが、昭和52(1977)年の同日、琉球新報朝刊および夕刊に旭琉会組員による琉真会アジト襲撃事件が大々的に掲載されていました。

沖縄ヤクザ史上に残る “警官狙撃事件” で、事件直後に斉藤隆県警本部長が記者会見で、「しかし今後は暴力団が発砲して来たら、撃ち殺しても構わないと指示した」と公言したことでも有名ですが、それ以上にブログ主が驚いたのは、

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米兵「沖縄はパラダイス」

ご存知の読者もいるかと思いますが、令和2年8月9日付沖縄タイムス1面に、きわめて興味深い記事が掲載されていました。7月に発生した在沖米軍のクラスターに関する特集記事ですが、題字のつけ方が現代の沖縄タイムスらしいというかブログ主は複雑な心境にならざるを得ませんでした。

ためしに全文を書き写しましたので、読者の皆さん是非ご参照ください。

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組織暴力団 – 火を吹く抗争 ① 過熱する銃撃戦

再び火を吹く暴力団抗争事件。「殺(や)られる前に殺れ」「殺やれたら殺り返せ」とばかりに短銃を乱射、抗争事件に全く無関係な一般市民をふるえあがらせている。ビルの事務所に実弾が撃ち込まれたり、民衆をねらい撃ちするなどその傍若無人の武力抗争はエスカレートするばかりだ。ところかまわず乱射する凶弾に市民が巻きぞえ食わないとだれが保証できるだろう。頼りとする警察の「暴力団壊滅作戦」も後手続きで効果はさっぱり。市民の不安はつのるばかりだ。この狂気の抗争はいったいいつまで続くのだろうか

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全国指名手配第一号

今回はブログ主がコピーした沖縄ヤクザ関連の史料から、復帰後に沖縄県警が全国指名手配第一号として殺人容疑で手配された人物の記事を紹介します。

昭和42(1967)年5月14日に山原派・那覇派と普天間派の対立の中で、(普天間派の)最高幹部である田場盛孝の自宅が襲撃され、そのどさくさで普天間派の組員が死亡した事件があります。その詳細は後日紹介するとして、先ずは記事全文をご参照ください。

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刃物を持たない運動

今回はアメリカ世時代の先輩たちのハイレベルなやらかしを紹介します。昭和40(1965)年4月19日に “凶器を追放しよう” とのスローガンで “刃物を持たない運動” が全琉一斉で始まった記事を見つけました。

同記事は同月16日に起った勝連村南風原、松島料亭街で起った殺人事件の記事をチェックした際に偶然見つけましたが、まず刃物を持たない運動自体がじわじわきます。松島料亭街の事件は後日紹介するとして、先ずは “刃物を持たない運動” の記事を紹介しまず。読者の皆さん是非ご参照ください。

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伸びる “黒い手”

昭和の沖縄のぶっそうな常識のひとつに、「タクシーに乗った際には暴力団の話はするな」があります。その理由はお察しかと思われますが、暴力団関係者が経営しているタクシー会社が存在することは沖縄社会における公然の秘密だったからです。

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笑いの神

前回、小渡三郎兄弟のやらかし記事 “カーハガリンドウ” をアップしましたが、今回はその続編で同事件を琉球新報がどのように報道したかを紹介します。

少し話がそれますが、新型コロナウィルスが県内で再び蔓延している状況のため、しばらくは散策やグルメレポートは控えて “積み史料” 中心に記事を作成しますのでご了承ください。では小渡兄弟のやらかしの第一報記事をご参照ください。

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