俺が調子に乗って沖縄の高校野球の歴史を語るシリーズ 第98回全国高等学校野球選手権沖縄大会について その3

今日(7月16日)は夏の甲子園沖縄予選の準決勝を現地観戦しました。前回の記事で

嘉手納 3-1 那覇西

小禄 8-7 美里工

と予想しましたが、実際の試合結果は

嘉手納 3-0 那覇西

美里工 7-4 小禄

となりました。観戦レビューを載せますので、明日の決勝戦の観戦のお役にたつとありがたいです。

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俺が調子に乗って沖縄の高校野球の歴史を語るシリーズ 第98回全国高等学校野球選手権沖縄大会について その2

では準決勝に進出した4チームの比較表をチェックしましょう(プラス八重山商工と2015年甲子園出場チームの平均値も記載)。

キャプチャ

https://docs.google.com/spreadsheets/d/1FA308_VklTMuJVOFVHsfu9nY3tO2qJhKThcUvuqVsYA/pub?output=pdf

上記のデータは単純にイニングや得点、失点のデータをまとめてチームの勝ちあがり方を調べただけですが、意外に参考になります。これらのデータから嘉手納と那覇西はディフェンス重視で勝ち上がり、小禄と美里工は打撃戦を制したことがわかります。

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俺が調子に乗って沖縄の高校野球の歴史を語るシリーズ 第98回全国高等学校野球選手権沖縄大会について その1

いやぁ、今年の夏の高校野球沖縄予選は歴史上まれにみる波乱の大会になりました。まさか沖縄尚学が3回戦で宜野座に完敗するとは…しかも勝った宜野座もベスト8で逆転負けを食らうし、まさに読めない展開になっています。

春のシード校が3回戦で全滅なんて、ブログ主が知るかぎり聞いたことありません。シード校がふがいないというよりは沖縄県の公立のレベルが上がっていて、強豪といえどもコンディション調整を誤るとあっさり負けてしまうのです。事前予想がここまで外れたのは残念ですが、県全体のレベルが上がっている何よりの証拠で野球ファンとして実に嬉しい限りです。

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俺が調子に乗って高校野球を語るシリーズ 興南vs嘉手納の9回表のクロスプレーを解説するよ。

7月9日コザしんきんスタジアムで行われた3回戦、興南vs嘉手納の9回表のクロスプレーにおける誤審騒動について解説します。先ずはYouTubeの動画をどうぞ。

8回裏終了時には1-0と興南が1点リード、9回表で後がない嘉手納高校はノーアウト1塁で4番がレフトオーバーの長打を放ちます。その時のホームでのクロスプレーの判定が物議をかもしたのですが、たしかにこの角度から見るとアウトに見えます。

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琉球・沖縄の歴史の個人的な謎 男色の慣習がなかったこと その5

日本の歴史において男色は僧侶の慣習から武士の慣習と伝播します。このことは、仏教が武士の間でも深く信仰されていたことを物語るのですが、琉球・沖縄の歴史において13世紀末にに伝来した仏教から士族の間に男色の慣習は広まりませんでした。

琉球王国時代の宗派は臨済宗真言宗です。沖縄最古の寺院は護国寺(沖縄県那覇市若狭)で宗派は真言宗です。真言宗が伝来したにも関わらず、男色の慣習がもたらされていないのはどう考えてもおかしいのですが、問題は歴史家が其の点に気がついていないことです。

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琉球・沖縄の歴史の個人的な謎 男色の慣習がなかったこと その4

琉球・沖縄の歴史において辻町などに代表される風俗街が誕生したのは約500年前です。風俗産業に従事する女性のことを尾類(ジュリ)と呼びますが、琉球の風俗産業の担い手はすべて女性で実はまったく男性が関与していなかったのです。

日本の風俗産業の場合は中間搾取者として必ずと言っていいほど男性の存在がありますが、琉球・沖縄の歴史では1945年(昭和20)まで風俗産業に男性は一切関わっていなかったのです。このことは性産業を考える上では異例この上ないと言っても過言ではありません。

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琉球・沖縄の歴史の個人的な謎 男色の慣習がなかったこと その3

「沖縄の艶笑譚」という本があります。内容は「民謡昔エロトーク集」で庶民や士族の下ネタ中心に不倫や複数プレイ、果ては獣姦のエピソードまで記載されていて良い子の皆さんには読んで欲しくない本です。ただし何事にも例外があってこの本には男色のエピソードが一つも記載されていないのです。

オモロにも琉歌にも文学にも男色をテーマにした作品はありません。例外として組踊りの二童敵討にそれらしき記載があるのみでしょうか。この作品は親の敵を討つのがテーマで男と男の痴話のもつれから刃傷沙汰になった訳ではありません。衆道敵討ち*とは全く違います。

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琉球・沖縄の歴史の個人的な謎 男色の慣習がなかったこと その2

琉球と薩摩とは1609年以前にも付き合いがあります。数百年来の長い交流があるのですが、それにしては薩摩から持ち込まれた文化がほとんど見当たらない*のです。薩摩を経由して日本の文化が持ち込まれますが、沖縄を実質的に支配してきた国の慣習が持ち込まれないことはよく考えると異様です。

*琉球侵攻における戦争目的は明国との貿易利権の確保です。琉球人が薩摩化するとどうしても不都合が生じてしまうため、薩摩藩は琉球人と薩摩人との区別を強調する政策を取ります。おかげで薩摩と琉球王府の関係は良好で、270年にわたる平和と安定の時代が訪れます。

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琉球・沖縄の歴史の個人的な謎 男色の慣習がなかったこと その1

日本の歴史に於いて最も人気が高い時代は織田信長などの戦国武将が大活躍した戦国時代か、あるいは新撰組の物語が有名な幕末でしょうか。戦国時代(1467~1590)は京都の足利家の凋落から豊臣秀吉による天下統一までのストーリーに興味を引かれる読者も多いでしょう。登場人物の魅力にも大いに惹かれます。

そんな戦国時代ですが歴史教科書には決して載せない事項があります。タブー扱いになっていますが、それは人身売買戦国武将たちの男色の慣習です。例えば織田信長*は女性よりも男性との性的交渉が多かったなどと教科書に記載することはできないでしょう。歴史教育ではタブー扱いでも問題ありません。

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