今月18日に沖縄県庁前でマスク配布のデモンストレーションを行い、大騒動を巻き起こした琉球独立芸人さんの迷言で打線を組んでみました。
新型コロナウィルス関連では大部分の沖縄県民は冷静に対処している感がありますが、やはり100万も県民がいればひとりやふたりおバカが誕生します。その中でも彼はぶっちぎりの優勝候補で間違いありません。直近のツイッターなどのSNS上での彼の言動を纏めてみました。読者のみなさん、ぜひ笑ってやってください。
今月18日に沖縄県庁前でマスク配布のデモンストレーションを行い、大騒動を巻き起こした琉球独立芸人さんの迷言で打線を組んでみました。
新型コロナウィルス関連では大部分の沖縄県民は冷静に対処している感がありますが、やはり100万も県民がいればひとりやふたりおバカが誕生します。その中でも彼はぶっちぎりの優勝候補で間違いありません。直近のツイッターなどのSNS上での彼の言動を纏めてみました。読者のみなさん、ぜひ笑ってやってください。
先日、沖縄県立図書館で明治時代の琉球新報をチェックしていた時に、三遊郭(辻、仲島、渡地)の赤札娼妓についての記事が目に留まりました。”赤札娼妓”とは”性病持ち”を意味し、当時は若狭町に設置されていた若狭病院で定期的に検査が行われていました。
先日、祖母の遺品整理中に「なんでこんな写真がうちにあるの???」という写真がいくつか見つかりましたので、その一部を掲載します。
戦前、戦後、復帰後、および外国、なぜか皇室の写真まで見つかったという驚きの内容です。大量の写真のなかのごく一部の写真を加工してアップしました。参考までに簡単な説明もつけましたので読者のみなさん是非ご参照ください。
平成2(1990)年12月21日、沖縄県において暴力団追放を目的とした団体「暴力団追放沖縄県民会議」が設立されました。その理由は同年9月に勃発した旭琉会の内部抗争によって11月に民間人に死傷者が出たからです。
1964年5月8日付琉球新報に「おかあさんありがとう」と題した母の日図画作文コンクールの記事が掲載されていました。琉球新報とデパート・リウボウとの共同企画で全琉の小学生からおかあさんへの感謝の気持ちを表す図画と作文を募り、特賞、一等などの入選者はその作品が掲載されていました。
以前、当ブログにて「上級県民の考察」と題した記事を配信しました。今回は昭和52年(1977年)に実際に起こった出来事を例にして、ブログ主なりに上級県民の生態について言及します。
その出来事とは毎年15日に行われる那覇市主催の成人式に自衛隊員を招待しない問題で、昭和52年1月12日に自衛隊側が那覇市に対して質問状を提出したことから大問題になりました。その時の記事は以下ご参照ください。
ブログ主は不定期ではありますが、過去の新聞や刊行物から沖縄ヤクザ関連の史料を蒐集・整理しています。その中で異彩を放つ人物はだれかと問われると、ブログ主は “多和田真山” と即答します。
今回は沖縄県立図書館の5階「郷土資料室」に現存する朝日新聞社刊行『鉄の暴風』(初版)について言及します。ちなみに郷土資料館には初版『鉄の暴風』と沖縄タイムス社刊行の第2版が貯蔵されており、両者を比較すると極めて興味深いことが分りました。まずは第2版の「再刊行について」の全文を書き写しましたので、読者のみなさん是非ご参照ください。
先日、沖縄県立図書館で復帰直後の新聞をチェックしていたところ、とある市議の訃報記事に目が留まりました。昭和50年(1975)3月24日付琉球新報夕刊に掲載された小さな記事ですが、ブログ主にとっては驚きの内容でしたので該当部分をコピーして持ち帰りました。試しに同年同日の沖縄タイムスにも同様の訃報記事が掲載されていましたが、今回は琉球新報の記事を紹介します。読者のみなさん是非ご参照ください。
今回は元日企画の一環として、昭和27年(1952)元日の琉球新報の記事を紹介します。那覇市地区教育長の眞榮田義見さんが18世紀ごろの琉球王国の住民たちの生活について言及していますが、ハッキリ言って「グロ注意」の内容です。正月そうそうこんな話題もどうかと思いましたが、琉球王国の実態を把握する史料の一部として当ブログにて紹介します。
原文はすこし読みづらい部分がありましたので、ブログ主の現代語訳およびカッコ書きで西暦などを追加しました。あと原文で判読できない部分は●にて表記しました。ご了承ください。
ブログ主はここ数日にわたってこれまで蒐集した史料をチェックしたところ、実に気になる新聞記事を見つけました。昭和49年(1974年)9月23日付の琉球新報において組織暴力団「沖縄連合旭琉会」に関する記事が掲載されていましたが、その中に ”富永清” の名前を見つけました。これはもしかして彼の名が初めて県内2紙に登場した記念すべき記事の可能性があり、今回当ブログにて掲載します。ヤクザネタ好きな読者の皆さん、是非ご参照下さい。
先日ひさびさに唐津一さんの著書を流し読みした際に、興味深い箇所を発見しました。全文を抜粋しましたので先ずはご参照ください。
唐突ですが、なんとなくゆるい記事を書きたいとの思いつきから、今回は小渡三郎(おど・さぶろう)さんのエピソードを掲載します。ちなみにこの人、追悼録を読むと打線が組めるほどエピソードが豊富ですが、今回はその中のひとつで昭和19(1944)年に海軍兵学校を受験するために鹿児島で起こした事件を紹介します。
先日昭和53年(1978)10月の県内二紙(琉球新報、沖縄タイムス)を調べていたところ、辻政信失踪事件に関する記事が掲載されていましたので、ついでといっては何ですが当ブログにて書き写しをアップします。真偽は不明ですが、一般紙が事件について大々的に掲載している点が実に興味深いです。読者の皆さん是非ご参照ください。
新潟県の米山隆一知事(50)は18日、(新潟)県庁で臨時の記者会見を開き、インターネットの出会い系サイトで知り合った女性と交際し、知事就任後も金品を渡して男女関係を持ったことを認め「県政に混乱を招いた」として、辞職を表明した(中略)。(2018.4.19.00:01 – 産経ニュースより抜粋)というニュースに関して思いついたことを記事に纏めました。先に文春オンラインの記事をご参照ください。