コラム

敗北を知りたい vol.5

先日ブログ主は “リンゴ収穫量ゼロ!?でも沖縄県民がアップルパイを熱愛する謎…” と題した秘密のケンミンSHOW極公式YouTubeをチェックしまして、それに触発されたのか、ついうっかりSNS上で口走ってしまった案件があります。

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闘いからの卒業

既にご存じの読者もいらっしゃるかと思われますが、我が沖縄でも昨日梅雨が発表され、本日からは例年通りのクッソ暑い夏がやってきます。それに反比例してオール沖縄関連からは実に寒いニュースしか聞こえてきませんが、そのトドメは今月23日の慰霊の日の式典ににおけるヤジ騒動です。その結果、ブログ主は9月13日投開票の沖縄県知事選における玉城デニー氏の “落選確率” は極大化したとみています。

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読谷の謎

今回も真面目な古りうきうネタをアップしますが、個人的には弄びたくて弄びたくてたまらない “読谷回” になります。現在の沖縄本島においては中部にもヤンバルにも属さない孤高の存在である読谷ですが(当社比)、『おもろさうし』が編纂された際は「浦添、北谷、読谷山」に分類され、11のおもろが掲載されています。今回はそれらの史料をチェックした上で、調子に乗って読谷の「語源」を考察しますので読者のみなさんぜひご参照ください。

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めんそーれの考察 その2

前回の記事において “めんそーれ” の誕生についてざっと説明しましたが、今回は「海洋博における県民の合い言葉」がその後どうなったかについて言及します。結論を言えば全国的な知名度は上がりましたが、大城先生曰く「すべての文化運動は、沖縄のすべての庶民に通用するものでなければならないのだ。」の理想からはほど遠く、本島内でのみ利用されている感があります。

個人的な体験として、ブログ主は伊平屋・伊是名、あるいは粟国や渡名喜などを除き、結構な数の離島を訪れたことありますが、たしかに現地の港では “めんそーれ” は使われていない覚えがあります。いまでも覚えているがの旧空港時代の宮古島を初めて訪れたときに見た「んみゃーち」という言葉で、これが宮古ではいらっしゃいの言葉なんだよと教えてもらった件です。

ではなぜ(沖縄本島における)文化活動が地域的にも階級的にも広がりを持たない傾向があるのかを考えてみると、この点について大城先生の興味深い証言がありますので紹介します。昭和48年(1973)に刊行された『沖縄「風土とこころ」への旅」から該当箇所を要約すると、

・明治以来の皇民化教育の影響で、沖縄の方言を使うことに対する劣等感は、沖縄戦の結果解放された。ただしその解放感を(方言に対する)誇りにまっすぐにつなぐことは難しいものである。

・ただしその逆もある。海洋博を開催するにあたって採用された「めんそーれ」に対する侃々諤々の議論が起こった際、首里・那覇のユカッチュ出身の老人たちから「この言葉を採用した連中の育ちが知れるというものだ」という批評には(大城先生は百姓出身だから)大変恐縮した。

・そしてこの議論を聞いていた別の老人が、あとから

「あなたがたの話を聞いて私は、標準語というのは、沖縄の地方の人にとっては解放であったなあと、つくづく思いました」

と憮然とした表情で語った。その老人はヤンバル出身で過去に言葉で差別された経験を持つ。この言葉に(大城先生は)ギクリとせざるを得なかった。

というものですが、この話だけで “めんそーれ” が(事実上)沖縄本島限定になったのがよくわかります。つまり “めんそーれ” には本島内でも(那覇・首里以外の)地方民から見ると「傲慢さ」を覚えざるを得ないし、かつての上流階級の人たちからは「文化の不正確な継承」として侮蔑の対象となり、ましてや離島民からは「すべての文化運動が沖縄のすべての庶民に通用するものでなければならない」という発想そのものが本島民の驕りと受け取られてしまったのです。

ハッキリいって首里や那覇の言葉を使って「全沖縄の合い言葉」と言われても「なにこれ?」という感じであり、そして採用から50年経過した現在でも”めんそーれ” は単なる観光用語にしかすぎないのです。そして令和の今日では

ハイサイ

が同じ境遇をたどりつつあります。

ただし “めんそーれ” からは貴重な教訓も得られます。それは「標準語」という共通のプラットフォームを使って地域の文化を創出するのは構わないが、それを全県的なムーブメントにする必然性はどこにもないということです。言い換えると大城先生のように文化運動にイデオロギー的視点を持ち込むのは無駄だというわけであり、そしてそういうことを理解できない人たちが

ウチナーグチの復旧運動

をしていて、県民の現役世代から華麗ににスルーされているんだなと痛感して今回の記事を終えます。

めんそーれの考察 その1

先日ブログ主が史料チェックしている際に、めんそーれは「造語」だった?と題した琉球新報のWeb記事を見つけました。その内容に興味を覚えたブログ主は(ファクトチェックも兼ねて)沖縄県立図書館で関連史料を確認しているうちに興味深いことに気が付きましたのでためしに当ブログにまとめてみました。方言ネタ好きな読者のみなさん、ぜひご参照ください。

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具志川の謎

今回はひさびさに真面目な古琉球ネタをアップしますが、「おもろさうし」などのりうきう古典をチェックするたびに地名の難読さに辟易しているブログ主であります。一例をあげると「宜野湾」はGinuwann(ジ・ヌ・ワン)と読ますために「きのわん」と表記し、現代ではzinooN(ジノーン)と読むので、(かつて試みた)勝連のように強引に語源を推測することすら困難を覚えます。

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辺野古沖転覆事故の教訓

3月16日に起きた辺野古沖転覆事故について、ブログ主は沖縄2紙の記事を中心に精力的にチェックしていますが、事件から2カ月たった今日においても(事件に関連した)炎上案件が出てくる異例の事態になっています。

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参列は取材目的でしたが…(その2)

(続き)ご存じの通り、ここ最近の沖縄2紙は辺野古沖転覆事故のニュースが盛りだくさんですが、ブログ主は先月25日の旭琉會の糸数真会長の葬儀に参列した記者のその後が知りたくで、ほぼ毎日のように琉球新報を購入してチェックしました。

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いま悪事を働いてます

既にご存じの読者もいらっしゃるかと思われますが、本日(21日)はユニオンスカラうるま店のオープン日なので、ひさびさに「速報企画」として開店初日の凸レポをまとめてみました。

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平和活動と二重思考

今回はちょっと予定を変えて2015年の研修旅行と題した「note」についてブログ主なりの見解をまとめてみました。既にチェック済の読者もいらっしゃるかと思われますが、2015年3月の講演の際の磯野直氏(沖縄タイムス)の講演後のQA(質疑応答)について疑問を呈している箇所があります。

その箇所を引用すると

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参列は取材目的でしたが…(その1)

既にご存じの読者も多いかと思いますが、先月25日に沖縄市で執り行われた糸数真旭琉會々長の葬儀に関して、琉球新報の記者が個人名で参列していたことがちょっとしたニュースになっていました。なおこの案件について、琉球新報社は「参列は取材目的でしたが、適切な行為とは言い難く、事実関係を詳細に確認した上で、厳正に対処します(令和8年5月3日付23面)」とコメントし、遺憾の意を表明しています。

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“常識が違う” の考察

先月16日の辺野古沖転覆事故から間もなく1カ月になりますが、同事件が沖縄社会に与えた影響は大きく、それゆえにブログ主は地元紙の関連記事を逐一チェックしています。(米軍基地関連や南城市長案件に比べると)深堀りが足りないかなと思いつつも、沖縄タイムスや琉球新報の記事を比べることで、だいたいですが事件の全容は把握できました。

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“慰霊の心” に対する違和感 

先月16日の辺野古沖転覆事故に関して、産経新聞が実にいい “仕事” をしています。前回の記事でも述べたようにブログ主は沖縄二紙の関連記事をチェックしていて、沖縄タイムスと琉球新報双方の記事を比べることで “事故の本質” が伺えてくるあたり、地元記者たちの仕事ぶりは評価しないといけないと実感します。ハッキリいって産経だけが突出している訳ではありません。

とはいっても去年の古謝景春氏の “セクハラ騒動” に比べると “報道の熱量” ははるかに劣ります。その理由は簡単で、南城市の案件は沖縄二紙の担当記者たちはあの手この手で古謝氏から “言質” を引き出そうとしましたが、今回の担当記者たちからは事故の当事者であるヘリ基地反対協議会のメンバーから言質を引き出す姿勢に欠けている感が否めないからです。なお、それをやったのが産経の大竹直樹記者であり、16日の記者会見で「海上運送法に基づく事業登録をしていなかった」件を引き出した質問はお見事でした。

そして産経はもうひとつ素晴らしい仕事をしています。それが17日の「思いはきっと『無謀な工事やめてくれ』」 抗議活動をしている人が花を手向ける」と題した記事であって、この記事のおかげで、辺野古新基地反対運動に携わる人々や沖縄二紙の編集局がこの事故をどのように捉えているかがハッキリわかったからです。

ちなみに同記事は動画が添付されており、ブログ主が最も印象に残ったのは実は冒頭の男性のインタビュー部分であり、試しに全文を掲載します。

亡くなった金井さんと女子高校生の人に慰霊の心で来ていますので
抗議ではなくて慰霊の心
その辺のところを皆さん、本当にわきまえてください。報道されるときは
沖縄の多くの辺野古基地に反対している人
辺野古新基地に反対している人の気持ちというのは
亡くなった方に対するまずは慰霊の気持ち それが大事だと
ほとんどの方がそう思っていますので
これからどうしていくかはいろいろと考えていくと思いますけれど
辺野古新基地建設に反対するという気持ちは変わらないです
誰にとっても変わらないです。
ただこの事件に関しては
まず亡くなった方本当引その方々に
あと沈没して事故に遭われた方々
大変な思いをしたと思いますので
そういう方々に対して
心から慰霊をささげたいと思います。

この書き写し全文から男性の亡くなった方々に対する深い悲しみは理解できますが、ただし彼が述べた “慰霊の心” に違和感を覚えた読者もいらっしゃるかと思います。それはつまり彼は「国が辺野古新基地建設を強行しなければ、このような惨事は起こり得なかった。なので彼らは “国策の犠牲者” である」と考えているからなのです。そして (お気づきかと思われますが)”国策の犠牲者” との捉え方はヘリ基地反対協議会のメンバーや沖縄二紙も同じなんです。だから報道も(とりあえず取り上げましたとの)テンプレ化が否めないのです。

対して産経新聞は今回の事件を “人災” の観点から報道しています。しかも大竹記者が知床観光船沈没事故の取材に携わった方(下記参照)なので、今回の事件においてはキレッキレの仕事ぶりです。

筆者が事業登録の有無にこだわったのは、社会部記者時代に北海道・知床半島沖で発生した観光船沈没事故を取材し、二度と悲惨な事故を起こしてほしくないとの遺族の思いに接したからだ。乗客乗員26人が死亡・行方不明となった令和4年4月の知床観光船沈没事故。福岡県の遺族の男性は「厳格なチェックが必要だ」と訴えていた。こうした遺族らや世論に応える形で海上運送法が改正され、転覆した抗議船のような小型の非旅客船にも法の網がかけられた。有償・無償を問わず登録が義務付けられるようになったのである。(令和8年4月4日付産経新聞沖縄考(64)より)

つまり辺野古沖の転覆事故は “人災” と捉える人たちと、”国策の犠牲者” と捉える “市民”がいるわけで、しかも “市民” のほうが圧倒的に分が悪い。ただし彼らは「なぜ自分たちがここまでバッシングされているのか理解できない」というのが本音ではないでしょうか。それはつまり産経新聞の仕事によって辺野古新基地反対運動に携わる”市民” と一般市民の間の

常識が違う

ことが(改めて)浮き彫りになったからであり、しかもそれを認めることができないとのジレンマに陥っているのです。ちなみに亡くなった女子高生のご遺族の方が産経新聞側に付いた(つまり人災の犠牲者だと捉えているということ)ことがトドメになりそうですが、”市民” の方々は(そのことに対し)内心反発しているだろうなと余計なことを思いつつ今回の記事を終えます。

平和教育について

先月17日の辺野古沖での転覆事故について、ブログ主はできる限り(地元紙中心に)関連する記事をチェックしていますが、「平和教育へ攻撃やデマ」と題した沖縄タイムスの記事(令和8年3月19日付沖縄タイムス24面)が指摘するように、SNS上では平和教育に対して(誹謗中傷とも取れる)厳しい意見が飛び交っています。

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香ばしさマックス

今月16日に起きた辺野古沖転覆事故に関する沖縄二紙の記事を蒐集している際、偶然にも実に香ばしさマックスの読者投稿を見つけました。ご存じの通り新聞の読者投稿欄は新聞社編集局の “本音” を伺う重要な場所なので、ブログ主は不定期にチェックしていますが、近年稀にみるレベルの高さでしたので、ついうっかり(永久)保存を試みました。

確かに地元紙にはいろいろ思うところはありますが、この手の “巡り合わせ💛” があるからチェックは欠かせないんですよ。まぁ前置きはそこまでにしておいて、全文を書き写しましたので読者の皆さん、是非ご参照ください。

※なお、ゼロチャンネルのファッキンコールドなボケはいったん置いといてください。

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