アメリカ世(史料)

日共の対琉要綱 – その2

前回当ブログにおいて、米国民政府(USCAR)が発表した『日共の対琉要綱』の前半部(1~29項)を紹介しました。今回は後半部(30~54項)を掲載します。ちなみになぜ米国民政府が日本共産党の対琉指令と思われる書類を公開したのかを考えてみたところ、その理由はただひとつ「琉球政府に防共法を制定してほしい」意向があったからです。そのあたりの流れをブログ主が調子に乗って図解しましたのでご参照ください。

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日共の対琉要綱 – その1

先日ブログ主は、宮里松正(みやざと・まっしょう)著『米国支配27年の回想』を参照中、46㌻に次のような記載がありました。

54.08.30 米国民政府のディフェンダーファー情報敎育部長は、記者会見で、「人民党が日本共産党と気脈を通じて行動していることは明らかであり、そのことは、日本共産党の指令とも符合する」と述べ、日共の指令「日共の対琉要綱」を公表した。

そこで実際に当時の新聞(琉球新報、沖縄タイムス)および仲宗根源和著『政界診断書』を照合して、全54項からなる指令書とやらを確認することができました。当ブログにて史料として提供しますので、興味がある読者の皆さん是非ご参照ください。

ただし解りにくい部分が多かったので、(小かっこ)の部分は説明を、〔きっこうかっこ〕の部分は捕捉をブログ主の判断で挿入しました。全54項は長文なので(文章の)区分けは琉球新報のそれに従って掲載します。最後に予備知識として、畠義基著『真相はこうだ』から人民党事件(昭和29年10月)当時の沖縄人民党と日本共産党との関係を掲載しておきます。

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対談 – 復帰の“意味”を追求する

本日は46回目の復帰の日、そこでブログ主にて当時の新聞をチェックしたところ、実に興味深い記事を発見しましたので今回全文を掲載します。昭和47年5月15日 – 琉球新報復帰特集号の第2集に佐久川政一さん(当時沖縄大学学長)と復帰協事務局長との対談が掲載されていました。佐久川政一という極めて香ばしい名称に心魅かれて記事をチェックしたのですが、当時の復帰協(祖国復帰協義会)と革新系知識人の考え方を推察することができる貴重な内容となっています。

ただし予備知識なしで読むと意味不明なところもありますので、捕捉として、①対談者が「(戦後)民主主義=反ファシズム」と考えている、②冷戦は単なるイデオロギー闘争である、③そして日本国憲法を遵守することが戦前の大日本帝国の政治体制との決別と考えていることを念頭におけば対談の意図が理解できると思われます。読者の皆さん是非ご参照ください。(主体という言葉でちょっと吹いてしまうのは内緒でお願いします)

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琉球の帰属

今回は、我が沖縄の先人たちが本土復帰についてどう考えていたかの記事を掲載します。アメリカ世の昭和26年(1951年)に、当時の沖縄タイムス一面に「琉球の帰属」という社説が掲載されました。執筆者は高嶺朝光さん、当時の心境は「新聞五十年」に掲載されているので、下記掲載します。

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昭和41年12月7日沖縄タイムス夕刊3面の記事

本日(4月13日)ブログ主は沖縄県立図書館にて、“教公二法”と“昭和53年の沖縄県知事選挙”に関する史料チェック中に面白い記事を複数発見しました。せっかくなので史料として当ブログにて掲載します。

以前に“裁判移送問題と中村議員の失踪”の記事を掲載しましたが、昭和41年(1966年)12月7日の沖縄タイムス夕刊3面に『とんだ人騒がせ – 真相は本人だけしか知らぬ』のタイトルで中村晄兆(なかむら・てるあき)議員失踪事件について記事が掲載されていました。この事件は戦後沖縄における最大級の謎事件ですので、史料入手次第、不定期ですが当ブログにて情報提供していく予定です。

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史料 – 沖縄人民党綱領

今回は昭和22(1947)年11月15日、沖縄(民政府)知事志喜屋孝信宛に提出された、『政党に関する書類 – 沖縄人民党』 より沖縄人民党の綱領、政策について掲載します。沖縄県公文書館 – 琉球政府文書 – 政党に関する書類(1)結成届け、綱領、会計報告からの抜粋です。

『戦争と平和の谷間から』 浦崎康華著によると、試案は浦崎康華さんが作成し、昭和22年7月20日の新党結成大会において無修正で作成されたのこと。以前当ブログで掲載した、新沖縄建設大綱(私案)と比較すると実に興味深い内容です。共産主義的な要素があまり感じられないことに驚かれるかもしれません。読者の皆さん、是非ご参照ください。

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史料 – ウルマ新報誕生の経緯(島清さんの証言)

今回は、瀬長亀次郎さんの足跡をチェック中に発見、『琉球新報80年史 – 新聞にみる沖縄の世相』の通史篇に記述されていたウルマ新報誕生の経緯を掲載します。それはウルマ新報初代社長島清(しま・きよし 1908~1997)さんの証言で、非常に興味深い内容になっています。

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史料 浦崎康華氏の「新沖縄建設大綱(私案)」

今回は戦後史料の一つとして、浦崎康華(うらさき・こうか)氏の「新沖縄建設大綱(私案)」を掲載します。その前に「浦崎康華って誰?」と突っ込まれそうですが、この人物は沖縄人民党の初代委員長で、人民党の宣言、綱領の原案を作成したことで知られています。

生まれは 明治30(1897)年那覇の泊、長年ジャーナリズムに携わってきた新聞人で戦時は国家総動員事務も担当しています。『新沖縄建設大綱(私案)』が作成されたのは沖縄戦中の昭和20年5~7月の間で、浦崎氏が捕虜として収容されていた高江洲市で作成されました。今回は昭和58(1983)年に刊行された「戦争と平和の谷間から」 291~303㌻ に掲載されていた全文を抜粋しました。読者の皆さん是非ご参照ください。

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