アメリカ世(史料)

コザ暴動について – 新聞報道

今回は昭和45(1970)年12月20日付、および同月21日付琉球新報のコザ暴動に関する記事を紹介します。この事件のすごさは新聞記事にも反映されて、コザ暴動が発生したのが20日午前2時ごろですが、なんと当日朝刊13面に事件の一報が掲載されているのです。

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黒い芽 – 暴力追放総決起運動 / (6) 桃色遊戯

那覇市寄宮の沖縄大学裏通りから国場方面へ抜ける農道のそばに俗称 “七つ墓” と呼ばれる墓地があり、ススキやカヤ、草の低い雑木などにおおわれている。ここで昨年夏O少年ら “黒い芽” の不良グループが、桃色遊戯にふけって検挙された。古い墓地で、どの墓もここ数年、放ったらかされたままで、持ち主もお参りにこないようす。

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憎しみに果てるな

今回も、昭和46(1971)年11月10日の “沖縄ゼネスト警察官殺害事件” に関する史料を紹介します。この事件は当時のあらゆる社会階層に大きな衝撃を与えましたが、その好例として同年11月12日付琉球新報の社説を紹介します。

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山川警部殉職の状況 / 与那原警察署 山城常茂

1,はじめに

「11月10日」この日は私にとって忘れようとしても忘れられない痛痕の日である。

その日は復帰協を中心とする、ゼネストの日であった。

それ以前に、沖縄青年委員会会長と称する中核系の山城幸松が帰省しての記者会見の際

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黒い芽 – 暴力追放総決起運動 / (5) 盗み

「おい、カモが来たぜーサブ公!おめえやってみな」

「腕だめしだ、ドジ踏んだら裸でツイストだぞ」

「スパークしたら、路地に逃げ込むんだ。そこで俺が待っているからナ」 — 昼下がりの住宅街、くわえタバコの黒い芽たちが4~5人、ブロック塀にもたれて、ゲームの打ち合わせだ。話し合いは向こうからくるBGのハンドバックをひったくること。どうやら新入りらしい少年が、グループ加盟の実技テストをされる破目になったらしい。そこでただちに行動開始。

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黒い芽 – 暴力追放総決起運動 / (4) 家出

“ヤサグレ” といういん語がここでは、ある。

「オレ、とうとうヤサグレしてきちゃった」

「それに限らァ、家にいたってロクなことなんかありゃしない。だれもわかっちゃくれねェもンな」

「ネグラはどこにするかナ」

「どこだってあらァナ、××小学校にもぐり込んでもいいサ」

— とこんなぐあいに使う。つまり「家出」することがヤサグレ。どこからともなく仕入れてきた “黒い芽” たちの暗号である。本格的な非行がほとんどの場合この “ヤサグレ” から始まる。

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黒い芽 – 暴力追放総決起運動 / (3) リンチ

「オレたちから仲間割れしようたって、そうはさせねェ。ヘンな考え起こすと承知しねェぞ。のぼせあがって…」

「見せしめだ。みんなでのしちゃえ」

「だってアニキ…」

「構わねぇからやれ。少しぐれぇ痛い目にあわせにゃ目がさめねぇぜ」

そこで “ふくろだたき” の図が展開される。”指詰め” などと並んでやくざ映画につきもののリンチ(私刑)の典型的なケースである。

そのリンチ映画を地で行なったのが、さる2月5日の那覇市安謝での非行グループの集団暴行事件だ。

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黒い芽 – 暴力追放総決起運動 / (2) たまり場

“スキダァヨー、スキダァヨー

はァとが燃エルンダ…… “

— がなりたれるようなジュークボックス。”旭のツイスト” にのって投げつけるようなツイスト・ダンス。幾組もの男女 — といっても中学生か高校生ぐらいの “黒い芽” たちだが、文字通り “無我” の表情で足をはね上げ、腰をふり、手をバタつかせる。笑いと奇声がキンキン耳をつんざいて、すさまじい狂乱のムードである。

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黒い芽 – 暴力追放総決起運動 / 暴力地図(1)

“島ぐるみ” の「暴力追放」運動がはじまった。こんどの運動で、実施本部がとくに重点的に追い打ちをかけようというのが既成暴力団の根絶と併行して、小さいヤクザたちのしめ出し。「暴力つみとりは芽のうちに – をあいことばで、社会の裏側にはびこりつつある暴力の “黒い芽” に集中攻撃をかける構えだ。 – そこで、これら “黒い芽” の実態をさぐってみた。

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沖縄の右翼

東声会支部が誕生 沖縄の右翼が表面化した。警察当局では教公二法問題をめぐり騒然とした政情を背景に起きた革新団体、個人にたいする一連の放火、脅迫事件は、関連性があり右翼団体の仕わざであると言明し、30日白昼発生した「福地事件」を政治テロの疑いが濃いとしている。

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