沖縄ヤクザ関連

図解してみた – 幻の組織”極南会”

昭和38(1963)年11月21日から、又吉世喜殺害未遂事件(ほか証人脅迫)の裁判が米国民政府高等裁判所で始まりました。被告人は喜舎場朝信、新城喜史で、実はこの裁判は琉球・沖縄の歴史上初の”大陪審員制度”で行われた歴史的な出来事です。

ちなみに実行犯の(疑いがある)山中一夫は国外である”宮崎県”で逮捕されるというこれまた異例の展開ですが、この裁判においてコザ派内部に”組織”が存在していたという証言が飛び出して世間は騒然とします。

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新城喜史さんとはこういう人なんだと思った件 – その2

今回は新城喜史さんのエピソードを紹介します。前回の記事で那覇市の繁華街で暴れた挙句に国外に逃亡したお話を紹介しましたが、今回も負けず劣らずのやらかし話ですので、読者のみなさん是非ご参照ください。

その前に彼のフルネーム(漢字)ですが、当時の新聞を参照すると「義史」「義文」あるいは「喜史」と記載されています。いったいどの表記が正しいのか気になりますが、昭和49(1974)年10月の新聞紙上に掲載されたお悔やみ欄には”新城喜史”と表記されていましたので、当ブログにおいては”喜史”と記載します。

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勇吉、秀吉は組に帰せない

今回はブログ主が蒐集した沖縄ヤクザ関連の史料のなかから、多和田真山さんのインタビュー記事を掲載します。昭和53(1978)年11月30日発行の大島幸夫著『沖縄ヤクザ戦争』から抜粋しましたが、ブログ主は取材にたいして出来る限りの応対を心がけている多和田会長の態度に驚きを隠せませんでした。

約二時間ほどの取材で、記事も(おそらく)インタビュー全文を掲載していませんが、それでも抗争の経緯や旭琉会の立場、そして今後の成り行きについて丁寧に説明しているあたり、やはり彼はトップに立つ人物だと実感しました。ブログ主が多和田真山さんに強く興味を持ったのも、この記事をよんだことがキッカケにあります。該当部分を書き写しましたので、読者のみなさん是非ご参照ください。

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暴力団追放沖縄県民会議の設立

平成2(1990)年12月21日、沖縄県において暴力団追放を目的とした団体「暴力団追放沖縄県民会議」が設立されました。その理由は同年9月に勃発した旭琉会の内部抗争によって11月に民間人に死傷者が出たからです。

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又吉世喜さんのマスコミデビューの記事を見つけたお話

今回は通称スターこと又吉世喜さんが始めて沖縄マスコミに登場した記事を紹介します。

彼の存在は昭和36(1961)年に月間沖縄11月号の特集記事『縄張り”暁に死す”』で世間に知られるようになりましたが、その記事より4年前の昭和32(1957)年1月に沖縄タイムスおよび琉球新報に彼の起こした(であろう)傷害事件が掲載されていました。先ずは沖縄タイムスの記事全文を書き写しましたので読者のみなさん是非ご参照ください。

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沖縄ヤクザ関連の蒐集したエピソードを適当にならべてみた – その5

今回はこれまで蒐集した沖縄ヤクザ関連の史料(大部分が琉球新報の記事)から、ちょっとしたエピソードを紹介します。

当ブログでは原則として公開情報だけを扱っていますが、そのなかから昭和36~41年にかけてのじわじわくる話を厳選?しました。ほかにも面白い話はありますが、今回は紙面の都合上3つに絞りました。読者のみなさん是非ご参照ください。

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おくやみ欄と暴力団 – その2

前回「おくやみ欄と暴力団」と題した記事を配信しましたが、実はそのほかにも沖縄ヤクザ関連のお悔やみ記事を入手しましたので紹介します。正直なところ掲載されている人物のメンツがあれなので当初は公開をためらったのですが、戦後沖縄社会を伺う上で一級史料であるのは間違いありません。そのためブログ主判断で公開しますので、読者のみなさん是非ご参照ください。

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おくやみ欄と暴力団

先日、故富永清旭琉會会長に対する弔電の件で沖縄市と琉球新報との間でちょっとしたトラブルがあったことが産経新聞に報じられていました(暴力団幹部の死去をめぐり、沖縄市と琉球新報が批判応酬

ブログ主は7月15日付沖縄タイムスに掲載されたお悔やみの記事をチェックしたのですが、どうみても「一般の方である喪家から申し込みをいただき、指定暴力団による組織としての葬儀ではなく、ご家族が喪主の一般葬であるとの認識で掲載した(琉球新報)」との言い分は無理があるなと思いつつ、過去の暴力団幹部のお悔やみ記事を調べたところ面白いことがわかりましたので紹介します。

まずは下記コラムをご参照ください。

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図解してみた – 第六次沖縄抗争

既報ですが、7月12日に指定暴力団「旭琉會」の富永清会長が死去しました。当ブログでも当日午後から彼について言及した記事のアクセスが異様に伸びていたので、現代の情報伝達スピードの凄さを実感した次第ですが、今回は”富永清”の名を世間に知らしめた第六次沖縄抗争について図解を試みましたので、読者の皆さん是非ご参照ください。

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