今回は高嶺朝光(たかみね・ちょうこう)さんの著書『新聞五十年』から、戦前の瀬長亀次郎さんに関する記述を掲載します。瀬長さんはたしか昭和6年(1931)に共産党に入党、本土で労働組合活動中に検挙され、3年の懲役刑を受けます。そのうち1年は沖縄刑務所に服役して、出所後は県の工業指導書で蒔絵職人として働きます。
瀬長亀次郎さんが決して口外しなかったこと~恩知らずカメジローの巻
前回の記事で瀬長亀次郎さんが中国戦線から復員した昭和15年(1940)以降、平良辰雄さん(1892~1969)のお世話になっていたことを記述しました。その縁があって、沖縄戦終了後の捕虜収容所の時代(田井等)においても瀬長さんは平良辰雄さんの下で再び働くことになります(平良辰雄さんは収容所の市長に就任、瀬長さんは庶務課長として勤務しています)。
一に感情、二に政治利用、三、四が無くて、五にお金
先日とある Facebook 上で「沖縄あるある、一に感情、二に政治利用、三、四が無くて、五にお金」との投稿がありました。沖縄県民の一面を鋭く指摘した内容でブログ主は素直に脱帽した次第ではありますが、23日の地元新聞の記事において、(二に政治利用を実感させる)実に不愉快にな気分になった記事がありましたので紹介します。
カリスマの担い手としての瀬長亀次郎さんの役割
前回、瀬長亀次郎さんが大東亜戦争の際に “翼賛壮年団” に加入していた件について記述しました。この事実は瀬長さんの回想録や『沖縄人民党の歴史』あるいは瀬長フミさんの回想録『熱い太陽のもと激動の島に生きる』など関連著作には一言も記述がありません。つまり黒歴史として抹殺されているのですが、瀬長さんの生き様を振り返るとやむを得ないかなと思います。その理由は彼が “カリスマ的指導者” として人民党を率いていたからです。
瀬長亀次郎さんが決して口外しなかったこと
2017年8月12日に佐古忠彦監督、TBSテレビが製作したドキュメンタリー『米軍が最も恐れた男 その名は、カメジロー』が公開されました。ちなみにブログ主はこの映画は未だ見ていませんが、その間に『瀬長亀次郎回回想録』など瀬長さん関連の書籍をいろいろチェックしていました。
瀬長さんのキャッチフレーズである「不屈」は人民党が結成した昭和22年(1947)から日本共産党に合流する昭和48年(1973)の間に好んで使っていた言葉で、現在もそのイメージが強いのですが、ブログ主がいろいろ調べているうちに瀬長さんが決して口外しないワードが複数あることに気がつきました。それは現時点で確認できたのが3つあって
上り日ど拝みゆる、下り日や拝まぬ
以前当ブログで掲載した翁長助裕さんの論文の記事が予想の斜め上を行くアクセス数を獲得し、ブログ主は大いに驚いた次第であります。Facebook ページで賀数仁然さんはじめ多数の“いいね”の反応があり、50年前の論文とはいえ現代の沖縄県民も“うちあたい”しているんだなと実感せざるを得ませんでした。
計算高いとは彼女のような立ち振る舞いを言う
本日(11月12日)、琉球新報の女性識者によるコラム「日曜の風」に香山リカさんの投稿が掲載されていました。相変らずの香ばしい内容で、当ブログでも過去に室井佑月さんの投稿を2度取り上げたのですが、今回はちょっとおもしろいことに気がつきました。まずは全文をご参照ください。
翁長助裕さんが指摘した沖縄の人たちの欠点
ここ数日、ブログ主は伊波普猷先生の論文、「沖縄人の最大欠点」を読んだのがキッカケで、各時代における識者が指摘する沖縄県民(あるいは沖縄県人、琉球人)の欠点についてあれこれ調べていました。ちなみにブログ主は現在の沖縄県民の大欠点の1つは“テーゲーとシムサの発想にある”と仮定していますが、この件については後日記事を掲載する予定です。今回は1960年代の琉球新報に掲載された2つの論文を紹介します。
執筆者は翁長助裕(おながすけひろ)氏で、現沖縄知事の雄志氏の兄にあたります。法政大学大学院を卒業後に琉球新報に掲載された論文ですが、当時の沖縄の人たちの欠点を実に見事に指摘しています。50年後の今日も通じる面がありますので、読者の皆さんご参照下さい。
沖縄タイムス 大弦小弦 〈20171106〉
11月6日の沖縄タイムス一面に、10月27日名護市で開催された作家の百田尚樹さんの講演会に参加した記者の署名記事が掲載(大弦小弦)されていました。全文を掲載しますので読者の皆さん、ご参照ください。
過則可憚改
本日、福島みずほさんのツイートがネット上で大炎上というニュースを見かけたので、ブログ主は面白半分でチェックしてみました。問題のツイートは2つ、全文抜粋しましたのでご参照ください(訂正、過則不可憚改を過則可憚改に直しました)。
沖縄において旧革新勢力が健在な理由
10月22日の衆議院議員総選挙の結果、沖縄ではオール沖縄が推薦する候補が小選挙区4議席中3議席を獲得しました。全国レベルでは総議席数465のうち284議席を獲得した自民党の圧勝という結果ですが、我が沖縄県では依然旧革新勢力が健在です。とくに沖縄2区の照屋寛徳さんの強さは相変らずでした。
「なぜ沖縄ではサヨクが強いのか?」なんて質問をブログ主も何度か受けたことがあります。この場を借りてブログ主なりに沖縄で旧革新勢力が強い理由について歴史をさかのぼって説明します。是非はともかく、読者のみなさんご参照ください。
いまもむかしもマスコミは……のお話
去る10月27日に、作家の百田尚樹氏が名護市で講演会を開催しました。ブログ主は所用で参加できず(しかも翌日の地元宜野湾市の講演会は台風で中止)、実に残念な思いでいっぱいでした。ただ実際に参加した人によると、講演会には600人近く集まり大盛況だったとのことです。
とある論説にちょっとした意地悪をしてみた件
本日(10月29日)の琉球新報において、名物企画「日曜の風」に“沖縄に行きたい 衆院選自民大勝”の論説が掲載されていました。今回の識者は以前にも取り上げたことがある、室井佑月さん(作家)で、相変らず突っ込まざるを得ない論調に正直なところ苦笑いが止まりません。
そこで今回は、室井さんの論説に突っ込みを入れるのではなく、ブログ主が調子にのって論文の書き換えを試みました。思った以上にいい出来栄えになりましたので、読者の皆さん、是非ご参照ください。先ずは室井さんの論説全文を掲載します。
沖縄県から選出された県外出身者の代議士(衆議院議員)を改めて調べてみたよ
10月24日付けの当ブログ内記事『ミヤザキ政久(宮崎政久)さんの落選を惜しむ』内において、記述内容に一部ミスがあることが判明しましたので、今回訂正の意味もこめて我が沖縄県から選出された県外出身者の代議士(衆議院議員)を再度しらべて見ました。
沖縄2紙は今回の衆院選をどのように伝えたか
10月22日に行われた第48回衆議院議員総選挙は、ご存知の通り自民・公明の与党が313議席(総議席数465)を獲得する結果となりました。与党圧勝の結果を受けて、我が沖縄の地元紙(沖縄タイムス、琉球新報社)はこの結果をどのように伝えたか、社説を比較してみました(残念ながら10月23日の琉球新報の社説は確認できませんでした)。













