突撃グルメレポート~夕食にステーキを!(US STEAK RESTAURANT RAWHIDE へ行ってきたよ)

本日、ブログ主は国際通りのステーキレストラン『ローハイド』を訪れました。以前那覇市議会選挙の記事を掲載した際、砂川伸彦候補者の「給食にステーキを!」のフレーズがツボにハマってしまいまして、二番煎じの謗りは覚悟の上で「夕食にステーキを!」のキャッチコピーでグルメレポートを纏めてみようと思いついたところであります。

昨今のステーキブームの影響でしょうか、国際通りには数多くのステーキハウスが乱立している状態です。今回突撃した『ローハイド』は国際通りの老舗のステーキレストランで、意外にもこれまでブログ主は一度も訪れたことがありませんでした。では今回も調子に乗って突撃グルメレポートを掲載しますので、ステーキ好きの読者の皆さん、ぜひご参照ください。

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コラム 7月19日の沖縄タイムス総合欄(3面)の記事について思うこと – その後の展開

7月28日付けの沖縄タイムス朝刊に、1面から大きく稲田朋美防衛大臣の辞任へのニュースと、蓮舫代表辞任のニュースが掲載されていました。相も変わらず稲田大臣を大きく取り上げていますが、今回の記事も蓮舫代表辞任に関して「公職選挙法違反の疑い」という単語はどこにも見当たりませんでした。ブログ主は「タイミングの悪い辞任劇」として稲田大臣と蓮舫代表の辞任がセットで取り上げられていることに物凄く違和感を覚えますが、果して気のせいで済ませていいものでしょうか。

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戦前と戦後の沖縄県民で最も変わってしまったものは何か

一昔前に「26ショック!」という言葉がありましたが、当ブログを訪問される読者は覚えていますでしょうか。平成12年(2000)の都道府県別平均寿命において、沖縄県男性の平均寿命が平成7年の4位から26位と大きく順位を落としてしまったときに誕生したフレーズです。長寿県奪回に向けてさまざまな取組みがなされているようですが、効果はいまいちのように見受けられます。

https://ryukyushimpo.jp/news/entry-538982.html

上記の Web ページは算出方法を変えているとはいえ、従来喧伝されてきた「長寿の島沖縄」というプロパガンダが、幻想以外何者でもないことを明示して、ブログ主にとっては嬉しい限りです。微増とはいえ、平均寿命は上昇していますから、そこまで順位にこだわる必要ないと思いますがいかがでしょうか。

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俚諺によりて説明されたる沖縄の社会 – 伊波普猷

先日ブログ主は伊波普猷先生著の『古琉球』をチェックしていたところ、面白い論文があったので当ブログにて紹介します。きっかけは今回の内容とは全く関係ありませんが、「沖縄独立の影に琉球王国復活をもくろむ?!あの勢力」という Web ページを参照したのがキッカケで、久米人(クニンダンチュ)についてあれこれ調べている最中に伊波先生の論文を発見した次第です。

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俺が調子に乗って第99回全国高等学校野球選手権沖縄大会で優勝した興南高校のチーム力を紹介するよ

7月16日に、沖縄セルラースタジアム那覇で開催された第99回全国高等学校選手権沖縄大会決勝において、ブログ主が全力応援した美来工科が残念ながら 1-15 で敗北、宿敵興南高校が優勝し2年ぶり10回目の出場を果たします。敗戦のショックからようやく気持ちも落ち着き、興南高校の優勝を心から祝福できるようになりましたので、ここはブログ主が調子に乗って興南高校のチーム力を紹介します。野球好きの読者の皆さんは是非ご参照ください。

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俺が調子に乗って第99回全国高等学校野球選手権沖縄大会の準決勝2試合の観戦結果を語ってみよう

本日(7月15日)は、那覇市の沖縄セルラースタジアムにおいて、第99回全国高等学校選手権沖縄大会の準決勝が行われました。第一試合は興南 vs 糸満(10時開始)、第二試合は美来工科 vs 八重山農林(12時40分開始)、ブログ主は9時30分過ぎにバックネット裏にスタンバイして2試合観戦しました。早速ですが観戦結果を紹介しますので、野球好きの読者は是非ご参照ください。

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琉米修好条約の顛末(下)

前回の記事において、安政元年(1854)に締結された琉米修好条約が、明治5年(1872)の琉球藩の設置によって日本政府に引き継がれる経緯について説明しました。そうなると、明治政府側で条文を把握する必要があり、外務省は琉球藩に対して条約正文(原本)の提出を要求します。前回も記載しましたが、明治5年9月28日付けで琉球藩の外交事務を外務省が管轄する令達が発せられます。

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俺が調子に乗って第99回全国高等学校野球選手権沖縄大会においてベスト4に勝ち進んだチームの戦力分析をするよ

現在、我が沖縄県において第99回全国高等学校選手権沖縄大会が絶賛開催中で、7月9日の準々決勝を勝ち進んだチーム(糸満、興南、美来工科、八重山農)が甲子園の切符をかけて、15日の準決勝、そして16日の決勝に臨みます。ブログ主は両日とも有給を申請済み、もちろん現地で観戦する予定ですが、今回はベスト4に勝ち進んだチームの戦力を調子に乗って分析しますので、野球好きの読者の皆様は是非ご参照ください。

今回分析に利用したツールは、バーチャル高校野球に掲載された試合詳細を参照に、ブログ主が独自にデータを算出してチーム分析をしました。単純に1イニングあたりの平均得点力、あるいは1点取るのに何イニング費やしたかを計算しただけですが、どのように沖縄県予選を勝ち進んだか良く分かる便利なデータなので下記に掲載します。

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琉米修好条約の顛末(上)

以前ブログ主は、安政元年(1854)にアメリカ合衆国と琉球王国との間に締結された「琉米修好条約」の記事を掲載しました。当条約は明治12年(1879)の廃藩置県によって失効扱いですが、明治5年(1872)における琉球藩の設置に伴い、アメリカ側から先年琉球王国と締結した条約を日本政府が継承し遵守するかを問い合わせる外交文書がありましたので、この場を借りて掲載します。

時系列順に史料を掲載します。先ずは明治5年(1872)9月14日の琉球藩に封ずる勅書から掲載します。

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琉球・沖縄の歴史において何時から「日本ノ國旗ヲ立ツ」ようになったのか?

20170524

以前にブログ主は「我々のご先祖は賢い外交をしてきたのか」との記事を掲載しましたが、その際に喜舎場朝賢著『琉球見聞録』を参照しました。その中に明治8年(1875)8月21日付で琉球藩に在勤していた河原田盛美(かわらだ・もりはる)氏が、藩庁の官吏宛に提出した意見書が掲載されていて、同氏は琉球が日本の属藩であることを証するとして16か条を挙げています。

河原田氏は「抑モ清國ノ関係ヲ断タシムル者ハ日本ノ属藩ナレバナリ、日本属藩ノ證トスルモノ大略十六ケ條アリ」と前置きして、一つ一つ事例を挙げていきますが、15番目に「日本ノ國旗ヲ立ツ」と述べています。この記述によれば琉球藩の時代から日章旗を掲げていたことになりますが、では何時ごろから沖縄において日本の国旗を掲揚するようになったのでしょうか?

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突撃グルメレポート『petite rue(プチット・リュ)』に行ってきたよ

7月6日の夜、ブログ主はネタ探しのため国際通りにある平和通り商店街を散策した際に、沖縄の食材を使ってフランス料理を提供する名店petite rue(プチット・リュ)』にぶらっと立ち寄りました。この店は客席数が確か14席程の小さな店で、しかもいつも予約でいっぱいなのですが、店内をのぞいたところ何と空席を発見!この機を逃してはいけないと思いつつ即決で来店しました。

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