シリーズ

閑話 訴え続ければ何時かは願いが叶うなり その1

今回は「元海兵隊員の米軍属による女性死体遺棄事件について思うこと」の記事を作成している時に気が付いた点を掲載します。以前に実現不可能な要求は結果として現状維持につながる旨を記載しましたが、沖縄県に於ける基地問題へのアプローチがまさにその通りで、日本国へ復帰して40年以上経過も解決には至っていません。

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閑話 元海兵隊員の米軍属による女性死体遺棄事件について思うこと 4

今回の事件では県外の方から「政治利用するな」との批判があります。ブログ主も沖縄県議会の抗議決議には不愉快な気持ちになったことは否めませんが、決議を採択した議員さんの気持ちは理解できるのです。県外の方に対して言いたいことは沖縄県民が抱える米軍人・軍属に対する本能的な恐怖心を理解して欲しいのです。

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閑話 元海兵隊員の米軍属による女性死体遺棄事件について思うこと 3

2016年5月26日の県議会の抗議決議の採択はまさに沖縄県民の米軍人・軍属に対する感情を露わにしたと言えます。意外かもしれませんが決議を採択した議員さんは何らかの下心があって今回の事件を政治利用するつもりは無いと断言できます。「米軍人・軍属がトラブる→出て行け!」の発想で行動しているだけです。それ故に今回の決議には賛成する県民のほうが多いに違いありません。特にアメリカ軍の占領行政を経験している世代はほとんど賛成するでしょう。

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閑話 元海兵隊員の米軍属による女性死体遺棄事件について思うこと 2

今回の事件においてアメリカ軍の占領行政を経験した世代なら間違いなく1955年(昭和30)の由美子ちゃん事件を思い出します。この事件は当時6歳の少女を米軍人がレイプおよび殺害したおぞましい事件で、沖縄県民における米軍人・軍属のイメージを決定的に悪くしたことでも知られています。

1950年から由美子ちゃん事件が起こった1955年の間には

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閑話 元海兵隊員の米軍属による女性死体遺棄事件について思うこと 1

4月29日にうるま市の女性会社員が行方不明になった事件は5月19日に元海兵隊員の軍属が死体遺棄容疑で逮捕されるという最悪の結果になりました。ブログ主も沖縄県民ですので「またか(怒)」と思わざるを得ません。60代以上の県民なら1955年(昭和30)の由美子ちゃん事件を思い出したことでしょう。由美子ちゃん事件から60年以上たっても米軍関係者による暴行殺人事件が発生することに関しては、残念この上ないと思わざるを得ません。

ただしひとつだけ腑に落ちない点があるのです。沖縄県議会が今回の事件に関して抗議決議を採択しましたが、抗議決議の要請で「普天間飛行場を閉鎖・撤去するとともに県内移設を断念すること」の項目があることです。今回の事件は確かに米軍属が起こした凶悪事件ですが、普天間基地の撤去と辺野古の問題とは無関係です。なぜわざわざ抗議決議に上記の一文を挿入する必要があるのでしょうか?

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琉球・沖縄の歴史の概要その6

薩摩おいどん側はそれこそ難癖をつけて尚寧くん*とそのスタッフの非を責めます。そして1609年(慶長14)に琉球に侵攻*します。これが薩摩入りで琉球側は敗北、尚寧くんは薩摩に連行されて2年間もPCを利用できなくなります。その間に薩摩おいどんはPCを徹底的にチェックして年間でどの程度利益を上げることができるかを算出します。

*尚寧(しょう・ねい:1564~1620)尚円王統7代目の王。在位は1589~1620年の31年間。
*財政が悪化しているにも関わらず、莫大な費用がかかる渡航作戦を敢行するところに戦国大名の怖さを感じます。「島津に暗君なし」とよく言われますが、現代のセンスからすると無茶苦茶もいいところです。

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琉球・沖縄の歴史の概要その5

尚真くんの時代に完成したバージョン・ショウシンのおかげでPC操作は快適になりましたが、前説で記述したとおり1511年(永正8)のポルトガルのマラッカ占領の影響でネットワークが事実上明⇔琉球⇔薩摩経由の日本に制限される事態が発生します。

当時の琉球は軍事力でポルトガル人を駆逐することができなかったため、東南アジアとのネットワークを復旧することができません。そうなると薩摩の琉球における優位性がますます高まります。琉球側もなすすべなく、いたずらに時が過ぎて7人目のPCユーザーである尚寧くんの時代にはPCを維持する財源に苦労するまで財政が悪化してしまいます。

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前置き・13世紀後半から16世紀末にかけての琉球国の中継貿易について 2

(続き)琉球国からすればこの慣例は邪魔そのもので、しかも京都の足利家*と薩摩の島津家で勝手に決めた政策ですから腹立たしいことこの上ないのですが実力でひっくり返すだけの国力はありません。残念ながら黙って従うしかなかったのです。そのため琉球国側でも薩摩の島津家との関係*は中国大陸の皇帝と同じく重要な課題になっていたのです。

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閑話 強制アップグレード3

1872年(明治5)から3年後の1875年(明治8)に突如明治政府より無慈悲な通達が琉球王府に突きつけられます。その内容は後日詳しく記載するとして、琉球王府は天地がひっくり返ったような大パニック状態になります。特にダメージを与えた項目は

1.琉球藩王尚泰の上京。

2.清国との進貢関係の清算。

になります。これらの通達はアップグレードの予約ボタンをクリック→スケジュール時間通りにアップグレードが実行されるメッセージが表示された状態です。Windows 7を利用している高齢者のPCユーザーがいきなり通知されたメッセージでパニックになるのと同様に、明治政府からの通達に対して琉球王府の官僚たちが大パニックになったことは容易に想像できます。

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