現代史いろいろ

コザ暴動 – まとめページ

昭和45(1970)年12月20日に発生したコザ暴動のまとめページを作成しました。おそらく琉球・沖縄の歴史において “語り継ぎたい歴史” のひとつかと思われますが、当運営ブログでは事件を “美化することなく” 当時の新聞など史料を参考に記事を作成してきました。

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コザ暴動について – 琉球新報のドキュメント記事

今回は昭和45(1970)年12月21付琉球新報に掲載されたコザ暴動の “ドキュメント” 全文を紹介します。ドキュメント記事に関しては同日発行の沖縄タイムスにも掲載されていましたが、複数の史料を参照の上、琉球新報の記事がもっとも真実を伝えている内容と判断しました。

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コザ暴動について – 新聞報道

今回は昭和45(1970)年12月20日付、および同月21日付琉球新報のコザ暴動に関する記事を紹介します。この事件のすごさは新聞記事にも反映されて、コザ暴動が発生したのが20日午前2時ごろですが、なんと当日朝刊13面に事件の一報が掲載されているのです。

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コザ暴動について – 糸満主婦れき殺事件の余波その2

(続き)前回、昭和46(1971)年9月18日に糸満で起こった米兵による主婦れき殺事件の軍事裁判の経緯について言及しました。無罪判決にいたるまでの流れを調べると、当時の琉球住民たちが激怒するのも無理はない話ですが、だがしかし “無罪判決” は近代デモクラシーにおける裁判制度では十分にありえるのです。

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コザ暴動について – 糸満主婦れき殺事件の余波その1

(続き)前回は昭和43(1968)年12月に誕生した屋良朝苗政権に対する琉球住民の不満がコザ暴動の “遠因” であることを言及しましたが、今回は “近因” である米国民政府に対する爆発的な不満、その導火線になった昭和45(1970)年9月18日に糸満で起きた米兵による主婦れき殺事件について説明します。

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コザ暴動について プロローグ

12月に入ってから、我が沖縄のマスコミでは “コザ暴動” に関する報道数が著しく増えています。事件発生から今年で50年の節目にさまざまなイベントも開催され、事件に関する関心も高まっているように見受けられます。

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血ぬられたゼネスト – 本物の暴力の恐ろしさ(3)

(続き)これまでざっと昭和46(1971)年11月10日のゼネスト時における警官殺害事件について、当時の新聞史料などを紹介してきましたが、なぜ沖縄の識者たちがこの案件について沈黙し続けるのかについてブログ主なりに言及します。

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血ぬられたゼネスト – 本物の暴力の恐ろしさ(2)

(続き)今回の記事をアップする前に、11.10ゼネスト関連の史料を2つ紹介しましたが、これら史料を閲覧することで読者のみなさんは警官殺害の衝撃のすさまじさを実感していただけたはずです。参考までに、当日に事件を目撃した記者談と、『昭和46年12月25日発行、「海邦」11・12月合併号』のなかで言及がありました山城幸松沖縄青年委員会代表(当時)の記者会見の記事も追加で紹介します。

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血ぬられたゼネスト – 本物の暴力の恐ろしさ(1)

(続き)前回の記事で、昭和46年11月10日の “沖縄ゼネスト警察官殺害事件” に関して当時の新聞記事などを引用して事件のあらましを紹介しました。今回は同時期に発生した “コザ暴動” と違って、なぜこの事案についてマスコミは沈黙するか、ブログ主なりに説明します。

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血ぬられたゼネスト

(前号 “旭琉会抗争 風化させない” の続き)今回は、昭和46年11月10日に発生した、“沖縄ゼネスト警察官殺害事件” について言及します。ちなみにこの案件は “琉球諸島及び大東諸島に関する日本国とアメリカ合衆国との間の協定(以下・沖縄返還協定)” について詳しく説明した上で、事件を紹介するのが最良ですが、返還協定に言及するとそれこそ時間がいくらあっても足りないため、限られた字数内でできるかぎり分かりやすく説明します。

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